第21話:次なる地、《灰哭の森》
謁見の間を後にしてから数日。
アランは再び呼び出され、父ガルシアの前に立っていた。
「……アラン。次の模擬戦を終えたお前に、次なる課題を与える」
「課題、ですか」
「そうだ。次は“実地”だ。――中級ダンジョン《灰哭の森》への潜行を命じる」
その言葉に、アランの胸が高鳴った。
灰哭の森――灰哭のダンジョンと同系統の、より広く、より危険な中級ダンジョン。
「……俺ひとりで、ですか」
「当然だ」
その声には冷徹な確信が宿っていた。
「貴族の血を引く者は、他者の力を借りぬ。
己ひとりの力を示してこそ“試練”となる。
それが、ルクレディア家――いや、帝国貴族すべての根幹にある掟だ」
アランの脳裏に、セルジオの言葉がよぎった。
――「ダンジョンは貴族が“単身”で挑むのが義務。これは帝国成立の理念でもあるのです」
帝国の始祖が、強き者だけを貴族として認めた。
ゆえに貴族は誰の助けも借りず、己の力で危地を越えねばならない――。
その理念が、ルクレディア家でも今もなお“絶対の掟”として生き続けている。
アランは静かに頭を垂れた。
(やはり……そう来るか)
「支給物資は最低限。前回の魔導具と指輪は持ち込みを許可する。
制限時間は三日。帰還できなければ、その時点で失格だ」
淡々と告げる父の声に、血が熱くなる。
もはや“落ちこぼれの試練”ではない。
これは――公爵家の後継候補としての“選別”だ。
アランは短く息を吸い、静かに頷いた。
「承知しました。必ず、成果を持ち帰ります」
ガルシアはわずかに目を細める。
「……言葉に責任を持て。次は模擬戦では済まぬぞ」
その声には、わずかに――ほんのわずかに、期待の色が混ざっていた。
アランは一礼し、玉座の間を後にする。
足音が石床に響くたび、胸の奥で魔力がざわめく。
(灰哭のダンジョンで得た力を、次こそ確かめる……
あの光も、あの分身も、まだまだ使いこなせていない。
俺の“限界”は、こんなものじゃない――)
その夜。
部室に灯る淡い魔導灯の下、アランは静かに魔力を練っていた。
セルジオが控えの間から現れ、深く頭を下げる。
「アラン様……。どうかご注意ください。“森”はダンジョンとは違い、環境そのものが敵になります。霧、瘴気、そして幻惑……生半可な警戒では命を落とします」
「わかってる。でも行くしかない」
セルジオは一瞬だけ目を伏せ、そして静かに頷いた。
「承知いたしました。どうかご武運を」
扉が閉まると、アランは深呼吸をして掌を見つめた。
そこには微かな光の粒子が漂っている。
(魔力の流れが前よりも速い……体の反応も鋭くなってる。
やっぱり、戦いを重ねるほど――俺は強くなってるんだ)
彼は両手を掲げ、集中する。
空気が震え、光がふわりと広がった。
「……これが新しい感覚。《ライトヴェイル》――光の幕、か」
柔らかな光が身体を包み、周囲の闇を押し返す。
まだ不安定だが、防御にも、幻惑にも応用できそうだった。
(次はこの力を“森”で試す。
俺は必ず――この試練を越える)
月明かりが窓から差し込み、アランの影が床に長く伸びた。
その瞳には、再び立ちはだかる“灰哭の森”を見据える決意が宿っていた。
出立の中庭には、前回と同じく三人の監査役が待っていた。
痩せた青年・レオニールはいつものように腕を組み、冷たい灰色の瞳でこちらを見据え、紅の外套のマリエッタは退屈そうに爪を磨き、雷の監査役ダリオは、記録板を抱えたまま淡々と告げた。
「今回も水晶通信は使用不可。帰光石による生死確認のみ。救援は行わない」
差し出された乳白色の珠――帰光石。
光を放つのは、命が途絶えた時だけ。
(うん、前回よりも“やる気のない”送り出しだな……)
続いて支給品の確認。石台に並べられたのは――
・携帯食(堅パンと干し肉) 三日分
・魔力ポーション(青色) 二本
・包帯・止血布
・布袋(予備用)
・帰光石(首から下げる)
「規定通り」
ダリオが短く記録を残す。
(よし、今回も持ち込めた……!)
実際にはローブの内側に、前回と同じ組み立て式の槍を分解して収納済み。
申告上は“導魔筒”と“装飾金具”だが、実戦では本命の武器となる。
マリエッタがちらりとこちらを見た。
「森の試練ね。霧と瘴気で視界が利かないって話よ。……ま、迷わないことね」
(助言が優しいのか、皮肉なのか……どっちだよ)
ローブの胸元を軽く押さえると、魔力の流れが静かに体を巡った。
前夜に仕上げた新しい術式――《ライトヴェイル》。
薄い光の膜で外気の影響を和らげる防御術だ。
(これで瘴気にも多少は耐えられる……行ける)
ダリオが手を上げた。
「時刻、記録完了。《灰哭の森》への潜行を許可する」




