第195話:報告書 No.Δ-17
帝都ルメニア中央区。
白銀の塔群の地下深層。
通常の導管網とは切り離された、極めて限られた者しか立ち入ることを許されない区画に、その部屋は存在していた。
壁面一帯に刻まれた魔法陣が淡く発光し、空間全体に静かな振動を与えている。
外界から隔絶されたこの場所では、魔力の流れすら管理下に置かれていた。
その中央。
一つの記録結晶が起動する。
淡い光が集まり、映像が構築される。
山脈。
崩壊しかけた地形。
そして。
戦闘。
「……対象の挙動、確認」
低い声が響く。
発言者の姿は影に包まれているが、その声だけで場の空気が引き締まる。
記録映像の中で、アランが上位個体と対峙している。
その動きが、通常の魔導士のものではないことは、誰の目にも明らかだった。
「干渉精度、異常値」
別の声が続く。
「流れの読解速度、再現不可能域に到達」
淡々とした分析。
感情は一切含まれていない。
ただ、事実だけが積み上げられていく。
映像が切り替わる。
アランが“触れすぎた”瞬間。
光が変質し、魔脈と一致しかける場面。
空気が、わずかに重くなる。
「……適合率、どこまで上がった」
最初の声が問う。
わずかな間。
そして、回答。
「推定値、七八パーセントを超過」
その数字に、別の影が動いた。
「……高すぎるな」
初めて、感情に近い揺らぎが混じる。
七八パーセント。
それは、実験体としての成功ラインを大きく上回る数値だった。
「制御不能領域に近い」
「同時に、完成形に最も近い個体でもある」
評価が重なる。
肯定と警戒が、同時に存在していた。
映像が止まる。
アランが、リリアによって引き戻された瞬間で固定される。
「……介入要因について」
別の声が言う。
「風属性個体」
「識別名、リリア・アルヴァイン」
空間が、わずかにざわつく。
「アルヴァイン……」
その名には、明確な意味があった。
「魔脈調律系統」
「記録上、途絶したはずの系譜」
静かな声の中に、わずかな興味が混じる。
「干渉を“止めた”のではない」
「“戻した”」
分析が続く。
「流れに対する理解が、通常の属性魔法とは異なる」
「対象Aと、相補関係にある可能性」
沈黙。
短いが、重い時間。
やがて、最初の声が口を開く。
「……二体とも、か」
その一言で、空気が変わる。
評価が確定した。
対象は一人ではない。
二人。
「回収方針を修正する」
淡々と告げる。
「対象A――光属性個体」
「対象B――風属性個体」
「優先回収対象として指定」
短く、明確に。
「生存確保を前提」
「損傷許容範囲、拡張」
その意味は、十分すぎるほど伝わる。
多少の損壊は、問題にならない。
確保が最優先。
「上位個体の損失については」
別の声が問う。
わずかな間の後、返答が落ちる。
「問題ない」
即答だった。
「回収は目的ではない」
「検証が主目的」
その言葉に、すべてが集約されていた。
今回の戦闘すら。
“観測”の一部に過ぎない。
「次段階へ移行する」
低く、確定的な声。
「魔脈制御実験、第二フェーズを開始」
その瞬間。
壁面の魔法陣が一斉に強く発光する。
帝都全体へと繋がる導管の奥で、わずかな“揺らぎ”が生まれた。
まだ誰も気づかない。
だが確実に次の段階が、始まっている。
記録結晶の光が消える。
部屋は再び静寂に包まれる。
ただ一つ。
最後に残された言葉だけが、重く沈んでいた。
「……あれは、器になる」
それが、評価だった。




