第192話:上位個体
吹き飛ばされた黒衣が崩れ落ちるのと同時に、残りの四人が一斉に間合いを詰めた。
動きに迷いはない。仲間が倒されたことに対する動揺も見えず、ただ任務を遂行するための最短距離を選んでいる。
その無機質さが、逆に異様だった。
リリアはすぐに風を展開する。
広げるのではなく、圧縮する。
相手の進行線に沿って薄く流し込み、わずかに軌道をずらす。
「……来るよ」
低く告げる。
その直後、不可視の刃が複数重なって走った。
風がそれを受け、逸らす。
完全には防げない。それでも、致命線だけは外す。
アランが踏み込む。
今度は迷いがない。
光を纏い、最短で一人に接近する。
黒衣が反応するより早く、その懐へ入る。
――打つ。
鈍い衝撃。
流れごと崩す。
一人目が膝を折る。
間髪入れず、二人目。
背後からの斬撃を、わずかな体の傾きで避け、そのまま腕を掴む。
「……そこ」
低く呟き、光を流し込む。
内部の流れを乱す。
黒衣の動きが止まり、そのまま崩れ落ちた。
「……早い」
リリアが息を呑む。
さっきよりも明らかに速い。
そして正確だった。
迷いがない。
それが逆に、不安を呼ぶ。
(……近い)
さっきの状態に。
深く入りすぎた、あの感覚に。
ガルドが横で舌を鳴らす。
「おいおい、やりすぎだ」
軽く言う。
その目は、笑っていない。
残り二人の黒衣が距離を取る。
判断が早い。
正面からでは分が悪いと見たのか、動きを変えた。
左右へ分かれる。
同時に。
空気が、変わった。
「……来る」
リリアが即座に察知する。
次の瞬間、地面が裂けた。
足元から突き上げる衝撃。
岩盤が持ち上がり、崩れ、視界を遮る。
「チッ……!」
ガルドが後退する。
単純な斬撃ではない。
範囲操作。
魔脈を使った干渉だ。
「こいつら……使ってきやがる」
低く吐き捨てる。
帝国の実験体。
その意味が、はっきりしてくる。
リリアはすぐに風で視界を払う。
砂塵が流れる。
だが、その奥に違和感があった。
「……増えてる?」
思わず呟く。
黒衣の気配が、一つ多い。
いや、違う。
「……来たか」
ガルドが小さく言う。
その視線の先。
崩れた岩の上に、一人が立っていた。
他の黒衣と同じ装束。
しかし、雰囲気が違う。
立っているだけで、周囲の空気がわずかに沈む。
圧がある。
「上位個体、到着」
淡々とした声。
だが、その一言で場の緊張が一段階上がる。
リリアが無意識に息を詰める。
(……強い)
直感だった。
今までのとは、別物。
アランもそれを見ていた。
その目が、わずかに細くなる。
「……あれが本命か」
静かに呟く。
上位個体が一歩、踏み出す。
それだけで、魔脈がわずかに揺れた。
周囲の流れに干渉している。
無意識で。
「対象確認」
その視線が、アランに向く。
「適合率、上昇」
「……回収優先度、最大へ変更」
リリアの背筋が凍る。
(適合率……?)
言葉の意味は分からない。
それでも、嫌な予感だけははっきりとある。
ガルドが前に出る。
今度は、完全に前に。
「……あーあ」
肩を回す。
「面倒なやつ出てきたな」
軽口のようでいて、その立ち位置は明確だった。
「ここから先は、ちょっと危ねえぞ」
リリアにだけ聞こえる声。
その意味を理解する。
(……本気)
アランは動かない。
上位個体を見たまま。
そして、ゆっくりと光を立ち上げる。
先ほどよりも深く。
静かに。
「……来るなら」
小さく言う。
「止める」
その声は落ち着いている。
落ち着きすぎている。
リリアは、その横顔を見た。
そして、確信する。
(……やっぱり)
さっきとは違う。
一歩、踏み込んでいる。
力だけではない。
在り方が、変わり始めている。
上位個体が、わずかに構えた。
次の瞬間。
地面が消えた。
正確には、踏み込んだ衝撃で、岩盤ごと砕けた。
「っ――!」
視界から消える。
速い。
今までとは比べものにならない。
アランが反応する。
動く。
だが。
「遅い」
声が、横から聞こえた。
上位個体が、すでに隣にいる。
その腕が振られる。
直撃。
――ガンッ!!
アランの体が弾かれる。
数メートル先の岩に叩きつけられる。
「アラン!!」
リリアが叫び、風を飛ばす。
上位個体へ。
しかし。
「無効」
短い言葉。
風が、届く前に散らされる。
流れを読まれている。
ガルドが即座に割り込む。
拳を振るう。
――ドォン!!
衝突。
空気が震える。
上位個体が初めて一歩、下がる。
「……へえ」
ガルドが笑う。
「やるじゃねえか」
軽く言いながらも、その目は鋭い。
アランがゆっくりと立ち上がる。
呼吸は荒い。
それでも、目はまだ死んでいない。
むしろ、さっきよりも静かに燃えていた。




