第191話:回収命令
山の揺れは、ゆっくりと収まりつつあった。
崩れかけていた斜面は途中で止まり、割れた岩盤もそれ以上広がる気配を見せない。
先ほどまで空間を満たしていた圧力も薄れ、魔脈の流れは不安定ながらも“自然な状態”へ戻り始めていた。
リリアは息を整えながら、核だった場所を見つめる。
そこには、もはや光の柱はない。
代わりに残っているのは、歪んだ流れの残滓と、削り取られたような空白だった。
「……止まった」
小さく呟く。
完全ではない。それでも、あのまま続いていれば起きていたはずの大規模崩壊は、確実に回避されていた。
隣でアランが膝をついたまま動かない。
呼吸は荒く、肩がわずかに上下している。
リリアはすぐに駆け寄った。
「大丈夫?」
しゃがみ込み、顔を覗き込む。
アランは少し遅れて視線を上げた。
「……なんとか」
声は出ている。意識もある。
それだけで、ひとまず安堵する。
しかし、その奥にある違和感は消えなかった。
「……さっきの、何だったの」
問いかける。
アランは答えない。
ほんの一瞬だけ視線を逸らし、それから再び核のあった場所を見る。
「……分かる」
ぽつりと呟く。
「流れの組み方」
リリアの心臓が強く跳ねる。
「え?」
「どうやって揃えてるか……見えた」
その言葉は静かだったが、意味は重い。
理解してしまったのだ。
人工的に構築された魔脈の“制御構造”を。
ガルドがすぐ横で腕を組む。
その表情は、さっきまでの余裕を消していた。
「……深入りしすぎだ」
低く言う。
「普通はそこまで見えねえ」
アランは何も返さない。
否定もしない。
ただ、事実として受け止めている。
そのとき。
――カツン
乾いた音が、背後で響いた。
三人が同時に振り向く。
そこには、さっきの黒衣の男たちが立っていた。
今度は、三人ではない。
五人。
増えている。
「対象、状態確認」
先頭の男が、淡々と告げる。
「光属性個体、変質を確認」
その言葉に、空気が張り詰めた。
「……変質だと?」
ガルドが低く返す。
男は反応しない。
視線はアランに固定されている。
「優先回収対象を更新」
「捕縛レベルを一段階引き上げる」
リリアの背筋が冷える。
「……回収って」
答えはすぐに出た。
「抵抗時、制圧」
「生命維持は考慮する」
無機質な宣言。
それがどれほど危険な意味を持つかは、説明されるまでもなかった。
ガルドが一歩前に出る。
「……面倒な連中だな」
肩を鳴らしながら、わずかに笑う。
「ガキ一人に、ずいぶん本気じゃねえか」
「対象は一人ではない」
別の黒衣が口を開く。
「風属性個体も、同時回収対象に指定」
リリアの目が細くなる。
「……へえ」
短く息を吐く。
「ずいぶん勝手なこと言ってくれるね」
緊張はある。
それでも、退くつもりはなかった。
アランがゆっくりと立ち上がる。
動きは重い。
それでも、足取りは安定している。
「……来るぞ」
小さく言う。
その声は、先ほどよりも静かで――冷静だった。
黒衣たちが同時に動く。
一切の無駄がない。
一直線に距離を詰めてくる。
その動きは、さっきまでとは明らかに違っていた。
「……さっきより速い」
リリアが呟く。
「出力、上げてる」
アランが応じる。
その瞬間。
彼の周囲の空気が、わずかに揺れた。
光が、立ち上がる。
外に放つのではない。
内側で、静かに回る。
リリアはそれを見て、息を呑んだ。
(……変わってる)
さっきまでの光ではない。
もっと深く、もっと安定している。
それでいて、どこか危うい。
ガルドが横目でそれを見て、口角を上げる。
「いいねえ」
「そのまま行け」
黒衣の一人が踏み込んだ。
同時に、空気が切れる。
不可視の一撃。
だが――
「見える」
アランが一歩ずれる。
最小限の動きで、軌道から外れる。
斬撃は背後の岩を切り裂いた。
そのまま、踏み込む。
距離が、一瞬で消える。
「っ!?」
黒衣がわずかに反応を遅らせる。
その胸元へ、アランの拳が届く。
――ドンッ!!
衝撃が、流れを叩く。
ただの打撃ではない。
干渉。
相手の“構造”を崩す一撃。
黒衣が吹き飛ぶ。
岩に叩きつけられ、そのまま崩れ落ちた。
一瞬の静止。
リリアが目を見開く。
「……今の」
アランは、何も言わない。
ただ、次の敵を見る。
その目は、さっきまでよりも、わずかに――冷えていた。




