第190話:触れすぎた光
光は、迷いなく核へと届いた。
アランが放ったそれは、これまでのように外へ広がるものではなく、流れに溶け込むようにして核の中心へと滑り込み、その内部構造へ直接触れていく。
均一に整えられたはずの流れが、その一点を起点にわずかに揺らぎ、完全な“固定”が崩れ始める。
リリアはその変化を、はっきりと感じ取っていた。
「……入った」
小さく呟く。
核の流れが、初めて“ズレた”。
完全に揃えられていた均衡が、ほんのわずかに崩れ、その隙間から本来の魔脈の動きが戻り始めている。
(いける……)
そう確信しかけた瞬間だった。
――ドクン
核が、脈打った。
先ほどとは違う。
明確な“拒絶”だった。
「っ……!」
アランの体が強く震える。
光が、引き込まれる。
放ったはずのそれが、逆に核へと絡め取られていく。
「アラン!」
リリアが叫ぶ。
だが、距離が遠い。
間に合わない。
アランは歯を食いしばる。
(……離れろ)
分かっている。
ここで手を引けばいい。
「……できない」
小さく呟く。
光が、抜けない。
核が“掴んでいる”。
それだけではない。
引きずり込まれている。
「……くそっ」
意識が深く沈む。
外ではなく、内側へ。
だがその先にあるのは、自分の光ではなかった。
膨大な流れ。
魔脈そのもの。
そして、その中心にある――核。
(……これ)
理解する。
「触れてるんじゃない」
「繋がってる」
その瞬間、視界が変わった。
山が見える。
地中を流れる無数の線。
魔脈。
それらが、すべて核へと集まり、固定され、押し出されていく。
まるで、巨大な装置の内部にいるようだった。
「……狂ってる」
思わず言葉が漏れる。
自然の流れではない。
意図的に、組まれている。
そのとき。
さらに奥へ、引き込まれる。
「っ……!」
自分の光が、勝手に広がる。
抑えられない。
核の構造に“合わせよう”としている。
(やめろ……!)
止めようとする。
だが。
止まらない。
流れに同調してしまう。
その瞬間。
――ドクン
アランの中の光が、変質した。
小さく安定していたはずの光が、急激に拡張し、核の流れと同じ構造を取り始める。
「……まずい」
ガルドが低く呟く。
「近づきすぎだ」
リリアも同時に気づく。
「アラン、それ以上ダメ!!」
声を張り上げる。
だが、届かない。
アランの意識は、すでに深く潜っていた。
(……分かる)
流れが。
構造が。
ズレが。
全部。
見える。
そして。
(……直せる)
その考えが浮かんだ瞬間。
「……っ!!」
アランの体が、大きく震えた。
核と、自分の光が。
完全に一致しかける。
「……やめろ!!」
ガルドの怒声が響く。
その声さえ遠い。
(これを整えれば)
(全部、止まる)
その考えは、正しい。
だが――
危険だった。
人間の領域を、越えている。
リリアが、踏み込む。
迷いはなかった。
風を、最大まで絞る。
広げない。
一点。
アランへ。
「……戻って!!」
風が、触れる。
優しくではない。
強引に。
流れを“ずらす”。
そして。
――ざわり
アランの意識が、揺れた。
(……あ)
ほんのわずか。
現実が戻る。
目の前。
光。
崩れかけた山。
そして。
リリア。
「……戻れ」
小さく、しかし確かな声。
その一言が、引き戻した。
「っ……!!」
アランが強引に光を引き剥がす。
――バチンッ
弾ける音。
繋がりが、断ち切られた。
同時に核が、大きく歪む。
均一だった構造が、完全に崩れる。
「……今だ!!」
ガルドが叫ぶ。
アランは、残った力を振り絞る。
再び光を放つ。
今度は、迷いなく中心へ。
――ドンッ!!
衝撃。
核が、内側から崩れる。
光が乱れ、均一性が失われる。
流れが、解放される。
暴走ではない。
解放。
「……止まった」
リリアが、呆然と呟く。
山の揺れが、ゆっくりと収まっていく。
崩れかけていた斜面も、動きを止める。
静寂が戻る。
アランは、その場に膝をついた。
「……はぁ……っ」
呼吸が荒い。
体が重い。
そして、胸の奥。
光が――変わっていた。
以前の小さな安定した光ではない。
もっと深く。
もっと強く。
どこか、危うい。
「……お前」
ガルドが、ゆっくりと近づく。
その目は、笑っていなかった。
「……触れたな」
短く、重い言葉。
アランは答えない。
ただ、分かっていた。
(……戻れなくなる)
一歩、間違えれば。
さっきの状態に戻るのではなく――
“変わる”。
完全に。
風が、静かに吹いた。
その風は。
もう、さっきまでとは違っていた。




