第186話:制御される世界
帝都ルメニア。
中央区画――地下。
一般には公開されていない階層。
白い壁。
無機質な通路。
足音だけが、静かに響く。
「第三区域、観測データを更新しました」
淡々とした声。
魔導装置の光が、壁一面に広がっている。
複雑な線。
流れ。
脈動。
それは――魔脈の可視化だった。
「……遅いな」
低い声が返る。
部屋の中央。
一人の男が、腕を組んで立っていた。
黒いローブ。
胸元には、帝国の紋章。
「安定化率は?」
「現在、72.4%です」
「低い」
即答だった。
「原因は?」
「北東山脈の調整領域で、異常な反発が発生しています」
空気が、わずかに張り詰める。
「……反発?」
「はい。外部からの干渉を確認」
男の目が細くなる。
「自然現象ではない、と?」
「はい」
魔導盤に映像が切り替わる。
山脈。
亀裂。
そして、乱れる流れ。
「……興味深い」
男は、わずかに笑った。
「誰だ?」
「現在、特定中です」
「魔力の質から、二つの系統を確認」
「一つは――光属性」
その瞬間。
男の指が、わずかに止まる。
「……光?」
「はい。通常の魔導とは異なる波形です」
「もう一つは、風属性」
「こちらは補助的な干渉」
男はしばらく黙る。
そして。
「……学院か」
小さく呟いた。
「可能性は高いかと」
男は、ゆっくりと歩き出し、モニターの前に立つ。
映し出される魔脈の流れ。
人工的に整えられたライン。
だが、その一部が――歪んでいる。
「……まだ未完成だな」
誰に向けるでもなく言う。
「固定しきれていない」
「はい。現在、補正中です」
「遅い」
再び、同じ言葉。
その声にはわずかな苛立ちが混じっていた。
「“揺らぎ”が残っている限り、完全制御はできない」
男は、指先で空中の表示をなぞる。
流れが拡大される。
乱れ。
干渉。
そして。
一瞬だけ現れた――整合。
「……ほう」
その変化を、見逃さなかった。
「今の記録されているか」
「はい。0.8秒間、流れが完全同期しました」
「誰がやった」
「不明です」
だが、次の言葉はすぐに出た。
「ただし、二つの干渉が重なったタイミングです」
男の口元が、わずかに歪む。
「偶然ではないな」
「はい」
沈黙。
そして、男は静かに言った。
「回収しろ」
空気が、凍る。
「……対象を、ですか?」
「そうだ」
迷いはなかった。
「光の方を優先する」
「風は補助だ」
その判断は、あまりにも合理的だった。
「生体確保が最優先」
「不可能な場合は――」
一瞬だけ、間が空く。
「排除」
その一言が、部屋に落ちた。
誰も反応しない。
それが当然の命令だからだ。
「調整領域の出力を上げろ」
男は続ける。
「……限界値の80%まで」
「よろしいのですか?」
初めて、ためらいが混じる。
「山脈が持ちません」
男は、振り返りもしない。
「構わん」
その声は、冷たかった。
「実験は続行する」
「崩れるなら、それもデータだ」
魔導盤の光が、強くなる。
流れが加速する。
無理やり揃えられていく。
そして――
歪みが、さらに深くなる。
「……世界はな」
男が、静かに呟く。
「制御できてこそ、価値がある」
その言葉は、どこまでも合理的だった。
どこまでも――人間的ではなかった。
同時刻。
北東山脈。
「……来る」
アランが、低く言った。
さっきよりも、はっきりと。
「同じじゃない」
「もっと、デカい」
リリアが息を呑む。
ガルドが、わずかに笑った。
「いいねえ」
「分かってきたじゃねえか」
その瞬間。
――ゴォォォォ……
地面の奥で、何かが唸った。
さっきとは比べ物にならない。
圧倒的な流れ。
「……嘘でしょ」
リリアの声が震える。
ガルドが、ゆっくりと首を鳴らす。
「来たな」
「本番だ」
山が――再び動き出した。




