第185話:触れてはならない流れ
崩れかけた山は、かろうじて静まっていた。
土砂は途中で止まり、亀裂はそのまま残っている。
完全に収まったわけではない。
ただ――“止まっているだけ”だった。
「……はぁ……」
リリアが息を整える。
まだ指先が震えている。
さっきの感覚。
魔脈に触れたときの“重さ”が、体に残っていた。
「……無茶するな」
低い声。
リリアが顔を上げる。
岩の上。
いつの間にか、ガルドが立っていた。
「……あんた」
アランが眉をひそめる。
「見てたのか」
「最初からな」
ガルドは軽く肩をすくめる。
視線は、地面の亀裂へ向けられていた。
「……思ったより早かったな」
その一言に、リリアの表情が変わる。
「早かった、って……?」
ガルドは答えない。
ゆっくりと岩場を降り、二人の近くまで来る。
そして、足元を軽く踏む。
――ざわり
わずかに、流れが揺れる。
「……まだ残ってやがる」
小さく呟く。
リリアは思わず問いかける。
「これ、何なんですか」
ガルドは一瞬だけ黙る。
そして、視線を二人に向けた。
「先に言っとく」
「これは“お前らのせいじゃない”」
その言葉に、リリアの肩がわずかに緩む。
だが、すぐに続く言葉で凍りつく。
「だが――無関係でもない」
「え……?」
アランが目を細める。
「どういう意味だ」
ガルドは鼻で笑う。
「簡単だ。火種は元からあった」
「そこに、お前が触った」
アランの拳がわずかに握られる。
「……俺が、引き金か」
「そういうことだ」
あっさりとした肯定。
ただ、その目は真剣だった。
リリアが口を開く。
「でも、あれ……普通じゃないです」
「流れが、変だった」
「……揃いすぎてる場所があった」
ガルドの目が、わずかに細くなる。
「そこまで分かるか」
「……面倒なことになってんな」
そして、はっきりと言った。
「人工だ」
空気が、止まる。
「……人工?」
リリアが小さく呟く。
ガルドは地面を指でなぞる。
「自然の魔脈はな、乱れることはあっても“揃いすぎる”ことはねえ」
「流れってのは、必ずズレるもんだ」
「だがこれは違う」
指先を止める。
「無理やり整えられてる」
「……誰かが、いじってる」
リリアの背筋に冷たいものが走る。
「……誰が」
ガルドは、わずかに笑った。
だがその笑みは、軽くない。
「帝国だ」
その一言は、あまりにも静かだった。
だが、重かった。
「帝国が……?」
リリアが信じられないという顔をする。
ガルドは肩をすくめる。
「正式には“研究”とか“安定化”とか、立派な名前がついてるだろうな」
「魔脈制御実験」
その言葉が、空気を重くする。
アランが低く呟く。
「……制御?」
「そうだ」
ガルドは空を見上げる。
「魔脈を固定する」
「流れを安定させる」
「災害を減らす」
「……聞こえはいいだろ?」
リリアは答えられない。
だが、違和感だけははっきりしている。
「……でも、さっきのあれは」
「崩れかけてました」
ガルドは頷く。
「そりゃそうだ」
「流れを無理に揃えりゃ、どっかに歪みが溜まる」
「で、限界が来たら――」
足元を軽く踏む。
――ざわり
「こうなる」
リリアの顔が青ざめる。
「じゃあ、これ……」
「まだ続く」
ガルドは即答した。
「一箇所じゃねえ」
「山脈全体でやってる可能性がある」
その言葉に、沈黙が落ちる。
風が、強く吹いた。
リリアが、静かに言う。
「なんで、そんなこと……」
ガルドは視線を外す。
少しだけ、考えるように。
そして。
「世界を、“管理”したいんだろうな」
その言葉は、重かった。
「魔脈を握れば、全部が決まる」
「街も、魔物も、ダンジョンも」
「……全部だ」
アランが、ゆっくりと顔を上げる。
「……ふざけてるな」
その声には、わずかに感情が戻っていた。
ガルドが、ニヤリと笑う。
「そう思えるなら、まだ人間だな」
短い沈黙。
やがて。
リリアが一歩前に出る。
「……止めないと」
その言葉に、迷いはなかった。
ガルドは少しだけ目を細める。
「簡単に言うな。相手は帝国だぞ?」
「分かってる」
リリアは即答する。
そして、アランを見る。
「でも、これ放っておいたら」
「もっと大きいのが来る」
アランは、静かに頷いた。
視線は、地面の亀裂へ向けられている。
その奥。
まだ、わずかに流れが揺れている。
「……触れたから分かる」
小さく呟く。
「これ、止まってない」
ガルドが口角を上げる。
「いい読みだ」
「“止まってるように見えるだけ”だ」
そして、振り返る。
山の奥へ。
「……次は、もっとデカいのが来る」
風が、強く吹いた。
空気が、重くなる。
その予感だけが、はっきりとあった。




