第183話:揺らぎを追う者
風が、まだ残っていた。
庭園を抜けても、その感覚だけが消えない。
リリアは歩きながら、自分の手を見つめた。
さっきの感触。
確かに触れた。
確かに、整えた。
(……偶然?)
自分でやったという実感が、まだ薄い。
理解が追いついていない。
それでも。
(……もう一回)
試したくなる。
確認したくなる。
リリアは足を止めた。
石畳の道。
さっきと同じように、目を閉じる。
呼吸を整える。
風を呼ぶ。
弱く。
細く。
壊さないように。
そして。
意識を、下へ。
地面の奥へ。
――ざわり。
「……っ」
今度は、すぐに感じた。
流れ。
さっきよりも、はっきりと。
魔脈。
それが、そこにある。
(見える……)
正確には視覚ではない。
だが、分かる。
流れの向き。
強さ。
そして。
また――乱れ。
「……やっぱり」
さっきと違う場所。
だが、同じように歪んでいる。
(これ……一箇所じゃない?)
疑問が浮かぶ。
そのとき。
背後から声がした。
「何をしている」
リリアは反射的に振り返る。
教師だった。
応用課程の担当。
鋭い視線でこちらを見ている。
「……いえ、少し」
言葉を選ぶ。
だが、うまく説明できない。
「魔力の流れを、感じていました」
教師の眉が、わずかに動く。
「……流れ?」
「はい」
リリアは少し迷いながらも続ける。
「地面の奥に、何か……動いているものがあって」
「それが、少し乱れていて」
そこで言葉を止める。
教師の表情が、変わったからだ。
「……誰に教わった」
声が、低い。
「え?」
「その感覚だ」
リリアは首を振る。
「いえ、誰にも」
「さっき、初めて――」
言いかけて、気づく。
(……あ)
アラン。
あのとき森で、光と風が重なった。
(あれが……きっかけ?)
教師はしばらく無言でリリアを見ていた。
やがて、小さく息を吐く。
「……ここではやるな」
「え?」
「周囲に影響が出る」
淡々とした口調。
どこか、警戒している。
「その“流れ”は、簡単に触れていいものではない」
リリアは思わず聞き返す。
「これ、何なんですか?」
教師は一瞬だけ沈黙した。
そして、短く答える。
「魔脈だ」
やはり、その言葉だった。
しかし、続きがあった。
「通常の生徒が、感知できるものではない」
リリアの心臓が、わずかに跳ねる。
「……そう、なんですか」
「ましてや、干渉など」
教師の視線が、鋭くなる。
「誰かが近くにいる」
その言葉は、確信に近かった。
リリアの胸が、強くざわつく。
(……やっぱり)
アラン、あの人が。
どこかで、これに触れている。
「……その人」
思わず口に出る。
「危険なんですか?」
教師は、はっきりと頷いた。
「制御できなければ、周囲を巻き込む」
「最悪、地形が崩れる」
その言葉にリリアの顔色が変わる。
(……危ない)
直感だった。
理由は分からない。
確信だけがある。
「……どこですか」
教師が眉をひそめる。
「何がだ」
「その、乱れの場所です」
リリアの声は、静かだった。
教師は少しだけ考え。
やがて、ため息をついた。
「……本来は教えない」
そう言いながらも、視線を山の方へ向ける。
帝都の外。
遠くの稜線。
「北東だ」
「山脈の中腹付近」
その瞬間。
リリアの中で、何かが決まった。
「ありがとうございます」
短く言うと、そのまま歩き出す。
「待て」
教師の声。
リリアは止まらない。
「関わるな」
「これは、お前の領域じゃない」
その言葉にリリアは一度だけ、足を止めた。
振り返る。
「……違います」
静かに言う。
「もう、関係あるので」
そのまま、歩き出す。
風が、強く吹いた。
背中を押すように。
(……待ってて)
胸の奥で、言葉がまとまる。
(無事でいて)
そして。
リリアは、学院を出た。




