第18話:セルジオの涙、食堂の屈辱
扉を押し開けた瞬間、セルジオが立ち上がった。
その瞳に涙の光を宿し、声を震わせる。
「……お帰りなさいませ、アラン様! 本当に……よくぞご無事で……!」
勢いそのまま抱き締められそうになり、アランは少しだけ照れくさく笑った。
「……セルジオ。無事に戻れたのは、お前の言葉があったからだ。ありがとう」
セルジオは深々と頭を垂れ、しばし言葉を失う。
その横でアランはベッドに腰を下ろし、破れた胸元のローブを見下ろした。
(……俺は、十歳にしては異常だ。普通ならあの灰狼や兵士型のアンデッドなんて、到底相手にならないはずだ)
思い返す。モンスターを倒した時。新しい呪文を覚えた時。
――そのたびに、体の奥を熱が駆け抜けた。筋肉に力が宿り、心臓の鼓動が大きく強くなる。
(あれは、ただ“魔法を覚えた”んじゃない。……俺の体そのものが変わっていく感覚だった。
つまり――戦いを重ねるごとに、身体能力も一緒に引き上げられているんだ)
アランは拳を握りしめ、静かに確信を深める。
(俺は確かに、変わってきている。少しずつでも、強くなっている)
ふと視線を落とすと、ローブの胸元に裂け目が残っている。
布地の繊維は黒焦げのように裂け、痛々しい傷跡を残していた。
(このままじゃ着られないな・・・)
アランは掌に魔力を込め、裂け目へとそっと流し込む。
ローブはわずかに淡く光を帯び、繊維がじわりと縫い合わさっていく。
完全には塞がらず、薄い傷跡のような痕が残った。
「……なるほど、そういう仕組みか。便利だけど――全部は直らないんだな」
破れた跡を撫でながら、アランは苦笑した。
「よし……これでいい」
セルジオが口を開いた。
「……完全には戻らぬのですね。ですが、それこそが“戦いの証”でございます。アラン様が本当に命を懸けて踏破された、その証です」
アランは小さく頷いた。
「……ああ、そうだな」
翌日の夕刻。
豪奢なシャンデリアが揺れる食堂には、兄姉たちが勢ぞろいしていた。
長いテーブルの上には肉や果物、香り高いスープが並び、笑い声と誇らしげな自慢話が飛び交っている。
「俺は魔獣の角を持ち帰った!」
「私は古代の巻物を見つけたわ」
周囲から拍手が湧き、兄姉たちの顔は得意げに輝いていた。
やがて、視線が自然とアランに集まる。
「で、お前は何を持ち帰ったんだ?」
「宝石と……小さい指輪、だっけ?」
笑いが弾ける。
「なんだそりゃ、子供のおもちゃか?」
「ははっ、飾り物を持ち帰ってどうするんだよ」
アランは拳を握りしめ、ぐっと堪えた。
言い返したい気持ちを飲み込み、静かに胸の奥で呟く。
(……見てろよ。俺は、強くなってるんだ――)
セルジオはそんな主の横顔をじっと見つめ、胸の奥で誓うように、黙って背筋を伸ばした。




