第17話:灰哭のダンジョン 帰還
ダンジョンからでると朝の光が差し込んだ。
冷たい風が頬を撫で、肺いっぱいに外気を吸い込んだ瞬間、張り詰めていた緊張が一気にほどける。
(……帰ってきた……生きて……!)
入口前では、監査役の三人が待ち構えていた。
レオニールは腕を組んだまま冷ややかに目を細め、マリエッタは口元に笑みを浮かべ、ダリオは記録板を抱えて淡々と立っている。
最初に口を開いたのは、氷のような声を持つレオニールだった。
「ふん……本当に戻ったか。まあ、上出来だな」
(……こっちは命がけだったんだぞ……!)
反論しかけて、ぐっと飲み込む。
マリエッタが一歩近づき、裾を揺らして覗き込むように言った。
「顔色は……思ったよりマシね。でも、ボロボロ。で、成果は?」
アランは深呼吸してから、懐から戦利品を取り出す。
「……《灰哭のダンジョン》を踏破しました。討伐対象“影狼”も撃破。
成果としては、緑の魔法石に加え、“魔力増幅の指輪”です」
ダリオは記録板にさらさらと筆を走らせ、事務的に頷いた。
「確認した。ダンジョン踏破と討伐、そして遺物の回収。成果としては……及第点だな」
「へぇ、“凡庸”の割にはね」
マリエッタがわざとらしく肩をすくめる。
レオニールは冷たい視線を投げつけると、短く告げた。
「勘違いするな。これで一人前だと思うなよ。……だが、生きて戻った。それが何よりの証明だ」
一瞬だけ、その灰色の瞳が微かに揺れた気がした。
胸にぶら下げた帰光石は沈黙したまま、太陽の光を浴びていた。
謁見の間。
高い天井から冷たい光が差し込み、石床には重苦しい影が落ちていた。
玉座のガルシアは、ゆっくりと目を細める。
「……ほう。生き残ったか」
冷ややかでありながら、ほんのわずかに興味の色を帯びた眼差し。
「……監査役から報告は受けている。ダンジョンを踏破し、影狼を討伐したとな。」
アランは深く一礼し、左手を掲げた。
「これが入手した“魔力増幅の指輪”です」
銀の指輪にはめ込まれた青緑の魔石が淡く脈打ち、空気にかすかな震えを生んだ。
玉座に座るガルシアは光る指輪を一瞥する。
背後で兄姉のくすりと笑う気配。
「やっぱり凡庸」
「魔石と指輪? せいぜい慰めだわ」
嘲りの囁きが響く。
アランは奥歯を噛み、拳を強く握った。
だがすぐに、セルジオの言葉を思い出す。――「必ず、戻られると信じております」
(俺は生きて戻った。それだけでは終わらせない)
「……たとえ小さな成果でも、それを次に繋げてみせます。このローブも指輪も、俺にとっては確かな力です」
ガルシアは沈黙ののち、低く言い放った。
「よかろう。生きて戻ったこと、その一点は評価してやる」
ひらりと手を振り、玉座の間に緊張が解かれる。
アランは深く頭を垂れた。
胸に宿る魔力の流れが、ローブと指輪を通して確かに強まっている。
(見てろよ……俺は必ず証明する。凡庸じゃない、“俺だけの力”を――)




