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第16話:最下層 影狼(かげろう)戦

第四層――灰哭兵との激戦を終え、大広間に静寂が戻った時だった。


「……ん?」


戦場と化した広間の壁際。

灰色の石壁の一角が、ほんのり淡い光を放っている。

哭く風の音も、そこだけ妙に途切れていた。


(……おかしい。戦ってるときには気づかなかったぞ)


槍の石突で壁を突く。

コン、コン……ガコン!


音が変わり、壁がわずかに沈む。

ごうん、と鈍い音を立てて石が動き、奥に小さな隠し部屋が現れた。


「マジか……本当にあった……!」


中は一人が入れるほどの狭い空間。

中央の台座の上に、小さな銀の指輪がひとつ置かれていた。

近づくと、嵌め込まれた青緑の魔石が心臓の鼓動に呼応するように脈打つ。


「……魔道具か?」


指にはめた瞬間、胸の奥に温かい流れが走った。

魔力が一段と濃く、滑らかに循環するのがはっきりとわかる。


(……魔力増幅の指輪。間違いない、これでさらに踏み込める!)


口元が自然と吊り上がる。

「……これは、誇っていいよな」


「よし、行くか」


槍を握り直し、光を帯びた指輪をはめた手を見下ろす。

そのまま、大広間の奥――最下層へと続く暗闇の通路へと歩みを進めた。


灰哭のダンジョン――第五層。

空気は一層重く、すすり泣きのような音が、洞窟全体を震わせていた。


(……ここが最下層か)


足元の石畳は漆黒に染まり、通路の奥は闇そのものに閉ざされている。

その闇の中心から、低く唸る声が響いた。


「――グルルル……」


次の瞬間、影そのものが形を取り、漆黒の巨大な狼が姿を現した。

毛並みは夜の闇を凝縮したように黒く、瞳だけが赤く爛々と光っている。


「こいつが……《影狼かげろう》……!」


吠え声が炸裂した。

ゴォォォォン――!

まるで鐘の音のような遠吠えが、通路全体に反響する。


同時に視界が揺らぎ、幻影の狼が四方八方に現れた。


「くっ……どれが本物だ!?」


槍を構え、反射的に《ミラージュ》を発動。

光の残像が分身を作り、迫る幻影に紛れながら、俺は横に跳ぶ。


ガァンッ!

鋭い爪が石畳を抉り、石片が飛び散る。


「――《バッシュ》!」


槍を通じて光の衝撃波を叩きつける。

だが影狼は体をひねってかわし、幻影と重なるように姿を消す。


「……チッ、速すぎる……!」


背後に気配――!

振り返ると同時に《ルーメン》を放つ。

眩い光が闇を裂き、影狼の姿を一瞬照らし出す。


「いたっ――!」

槍で突き込む。だが、かすっただけで毛皮に弾かれる。

闇の力に守られているかのようだ。


(くそ……光は効いてる。でも、槍じゃ届かねぇ!)


影狼が吠え、再び幻影が広がる。

数匹の狼に囲まれ、背中に冷や汗が流れた。


「……やばっ……!」


爪がかすめ、ローブが裂ける。

胸に痛み。視界が赤に染まる。


(ここでやられる……!?)


その瞬間――。

胸の奥から、強烈な光がこみ上げた。


「……な、なんだ……これ……!?」


右手が熱い。

気づけば、槍ではなく掌に、純粋な光が収束していた。


眩い輝きが槍の形を取り――


「――《ホーリーランス》ッ!!」


叫ぶと同時に、光の槍が放たれる。

一直線の閃光が幻影を薙ぎ払い、影狼の胸を正確に貫いた。


「ガァァァアアアアアアッ!!」


断末魔の遠吠えが響く。

影狼の体は内側から爆ぜるように光に包まれ、漆黒が灰となって崩れ落ちていった。


……しん、と静寂。


帰光石が胸で冷たく揺れる。

震える手を見下ろすと、まだ掌に光の余韻が残っていた。


「……手から……槍を……」


息が荒く、膝が笑う。

だが笑みがこぼれた。


「やった……勝った……! 俺でも……!」


灰の中に残ったのは、黒ずんだ魔石。

それが、このダンジョン攻略の証だった。


(これが……俺の力。《ホーリーランス》……!)


槍ではなく、自分の手で放った光。

それは、凡庸と呼ばれた俺に与えられた、唯一無二の力だった。


胸を高鳴らせながら、俺は最下層を後にした。


影狼との死闘を終え、全身汗まみれのまま、俺は槍を杖代わりにして歩いていた。

胸には深い爪痕。呼吸のたびに焼けるような痛みが走る。


「……っ、まだ……動ける……!」


壁に片手をつき、深呼吸。

掌を胸に当てて、声を絞り出す。


「――《ミニキュア》!」


淡い光が傷口を包み、じわりと痛みが引いていく。

完全に治るわけじゃない。だが、血の滲みは収まり、呼吸も少し楽になった。


(……ありがてぇ。これがなかったら、とっくに倒れてたな)


灰哭のダンジョン――その暗闇を、出口へ向かって歩き出した。


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