第147話:魔脈核起動
帝都ルメニア・中央魔晶塔。
夜。
白銀の塔群を繋ぐ《大環》が、異様な光を帯びていた。
通常は穏やかに循環する魔力。
だが今夜は違う。
圧縮されている。
絞られている。
「接続率、四十七%」
観測士の声が震える。
「魔脈核、安定限界に接近」
塔内の中央制御室。
軍上層部が並ぶ。
評定庁の姿はない。
「発動準備、最終段階」
将官が告げる。
「魔脈核接続型広域制圧術式――起動」
それは帝国の切り札。
帝都全体の魔力基盤を戦術兵器へ転用する禁術。
本来は“使わないため”に存在する術式。
だが。
恐怖は、理性を押し流す。
同時刻。
帝国魔導学院。
アランは、突然の揺れを感じた。
地面ではない。
魔力だ。
大気そのものが、軋んでいる。
「……これ」
リリアが顔を上げる。
「魔脈の流れが逆転してる」
遠くで、《大環》が閃光を放つ。
アランの槍が、激しく震える。
拒むように。
「軍が動いた」
短い沈黙。
「止める?」
リリアが問う。
アランは、目を閉じる。
魔力の流れを読む。
流れは北へ。
管理外ダンジョン方面。
「……撃つ気だ」
北部鉱山跡地・上空。
巨大な魔法陣が空を覆う。
軍団が後退し、外周へ退避。
中央に、魔脈の光が凝縮される。
闇の構造体が、静かに脈打つ。
少年は、空を見上げていた。
「やっぱり」
呟き。
「帝国は、体系を押し付ける」
光が落ちる。
それは砲撃ではない。
圧縮された“理論そのもの”。
整列。
秩序。
完璧な数式の暴力。
轟音。
大地が蒸発する。
構造体が崩れ、闇が裂ける。
観測塔で歓声が上がる。
「命中!」
「構造崩壊率七十%!」
将官が、拳を握る。
「終わった」
だが。
崩れたはずの闇が、蠢く。
裂け目から、黒い紋様が再構成される。
それは吸収ではない。
適応。
魔脈の波形を解析し、構造を書き換えている。
「……解析速度が異常だ!」
観測士が叫ぶ。
闇の中心で、少年が両手を広げる。
「ありがとう」
空気が凍る。
「帝国の魔脈。
完璧な理論。
それ、使わせてもらうよ」
黒い光柱が立ち上がる。
魔脈の出力が、反転する。
中央魔晶塔。
制御盤が赤く染まる。
「逆流!?」
「魔脈核、暴走域!」
帝都全体が揺れる。
街灯が瞬き、導管が軋む。
《大環》が、不安定に明滅する。
将官の顔色が変わる。
「遮断しろ!」
「間に合いません!」
北部戦場。
闇の構造体は、完全崩壊どころか――
一段階“進化”していた。
軍団がざわめく。
「構造層、七に増加!」
少年の視線が、遠く帝都を向く。
「帝国は、自分で証明した」
低い声。
「闇は、体系になれる」
その瞬間。
光の閃光が戦場を横切る。
アランだ。
《ホーリードライブ》。
空間を裂き、少年の前へ着地。
槍を構える。
「やりすぎだ」
少年が、静かに笑う。
「君の帝国だよ?」
「俺のじゃない」
短い沈黙。
背後で、魔脈の暴走が加速する。
帝都に亀裂が走る。
「止める」
アランが言う。
「どっちもだ」
少年の目が、わずかに揺れる。
「……やっぱり、君は危険だ」
その言葉の意味は、以前とは違う。
光と闇。
二つの体系が、正面で向き合う。
だが――
帝都が、悲鳴を上げた。
遠方で、魔晶塔の一基が爆ぜる。
戦争は、局地戦を超えた。
帝都が、戦場になる。




