第111話:評価不能 応用課程に走る波紋
演習場の空気は、まだ落ち着いていなかった。
結界は解けている。
だが、生徒たちの視線は、中央に立つアランから離れない。
勝敗は出ていない。
数値もない。
記録晶には、ただ一行――
《干渉種別:選択誘導型》
それが、異様だった。
観覧席で、低い声が交わされる。
「聞いたことがない」
「分類不能じゃないか」
「光属性……本当に光か?」
教官席でも、ざわめきは消えない。
実技主任が、腕を組んだまま言う。
「攻撃力ゼロ。
防御行動なし。
だが、術式の“結果”だけを変えている」
理論担当が、記録晶を睨む。
「魔法を壊さず、奪わず、無効化もしない。
これは……魔法を“対象から切り離した”のか?」
別の教官が、低く呟く。
「いや……、
“対象が選ばれなかった”だけだ」
その言葉に、空気が一段重くなる。
一方、演習場の端。
リリアは、静かに状況を見ていた。
(やっぱり……、
これは、勝ち負けの話じゃない)
彼女は、はっきり理解している。
アランは、序列の外側に立ってしまった。
そこへ、数人の生徒が近づいてくる。
名家の子弟。
応用課程でも、影響力を持つ顔ぶれだ。
一人が、探るように声をかける。
「さっきの、どういう理屈だ?
雷を曲げたように見えたが」
アランは、立ち止まり、短く答える。
「曲げてない。
君たちの魔法が、正しかったからだ」
相手が眉をひそめる。
「正しいなら、なぜ当たらない」
アランは、少しだけ考えてから言う。
「“正しい”と、“向かう”は違う。
魔法は、理由を持つ。
その理由が、俺を必要としなかっただけだ」
沈黙。
その説明は、理論としては曖昧だ。
だが、否定もできない。
別の生徒が、苛立ちを隠さず言う。
「つまり、戦わないってことか。
逃げてるようにしか見えない」
アランは、視線を逸らさず答えた。
「逃げてない。
選んでないだけだ」
「戦う必要があるなら、戦う。
でも、必要がないなら――しない」
その言葉に、
周囲の生徒たちが、一斉に距離を取る。
(危険だ)
(価値観が違う)
その様子を、教官たちは見逃さなかった。
学院長代理が、静かに告げる。
「……彼は、序列で測れない。
上でも下でもない」
理論担当が、低く付け加える。
「“基準そのものを揺らす存在”だ」
その結論は、
応用課程にとって、最も厄介だった。
放課後。
廊下の奥、人の少ない回廊で、
リリアがアランに声をかける。
「……今日で、完全に目立ったわね。
良くも、悪くも」
アランは、小さく肩をすくめる。
「目立つつもりはなかった。
ただ、やっただけだ」
リリアは、少し困ったように笑う。
「応用課程では、それが一番怖いのよ。
“狙われる理由がない”のに、狙われる」
アランは、光導槍に軽く触れた。
「慣れてる。
山でも、そうだった」
その言葉に、
リリアは一瞬、言葉を失い――
やがて、静かに頷いた。
「……そうね。
あなたは、もう“外”を知ってる」
遠くで、鐘が鳴る。
次の講義の合図だ。
人の世界の戦場は、
まだ始まったばかり。
だが確かに――
応用課程という閉じた場所に、
“選ばせる光”が入り込んだ。
それが何を変えるのか。
まだ、誰にも分からない。
ただ一つだけ、確かなことがあった。
アラン・ルクレディアは――
もはや「列」に並ぶ存在ではない。
列そのものを、
問い直す側に立っていた。




