第11話:灰哭のダンジョンへの出立
今日は、ついに本格的なダンジョンに挑む日だ。
「――坊ちゃま」
呼び止めたのはセルジオだった。
彼は深く一礼してから、ためらいがちに口を開く。
「最後まで、従者の同行を願い出ましたが……当主さまはお許しになりませんでした」
「知ってる。『本人の力量を測る試練だ。甘えは許されぬ』――だっけ」
「はい……誠に、無念にございます」
セルジオはそれだけ言うと、そっと俺の肩に手を置いた。
温い。いつもと同じ、執事の掌の温度だ。
「どうかご無事で。必ず、戻られると信じております」
「……ああ。必ず、ね」
(戻ってこなきゃ、“凡庸”どころか“終了”だしな……!)
出立の中庭には、監査役――本家から選ばれた三人の魔導士が待っていた。
痩せぎすの青年・レオニールは冷たい灰色の瞳で俺を値踏みし、
紅の外套を羽織った女・マリエッタは退屈そうにあくびを噛み殺し、
雷の監査役・ダリオが淡々と告げた。
「水晶による連絡は、今後のダンジョンでは使用不可。外部との干渉は一切禁ず。
生死の確認は、この“帰光石”のみで行う」
差し出されたのは、小指の先ほどの乳白色の珠。
脈が途絶えると強い光を放ち、外に知らせるための魔道具だという。
(……つまり死亡通知専用。優しさのベクトル間違ってないか!?)
ダリオが事務的に続ける。
「勘違いするな。助けるために来るわけではない。お前が“終わった”と確認するためだ」
「はいはい、了解しましたよー……(言い方が冷凍保存並みだな!)」
持ち物検査。石台の上に支給品を置いていく。
・携帯食(堅パンと干し肉)
・魔力ポーション(例の青汁色×1本)
・予備の布袋
・帰光石(首から下げるように言われた)
「規定通り」ダリオが淡々と記録板に記す。
(よし、なんとか持ち込めた!)
実際には、ローブの内側に縫い付けた薄い鞘に“宝箱の鍵”と申告した金属の穂先。
腰帯の裏には、“魔力の導管”として申告した金属筒が三本。
全部、俺にとっては組み立て式槍のパーツだ。
マリエッタがつまらなそうに爪を眺めながら言う。
「魔導士のローブは着ていくのね。見た目は様になってるわよ――見た目だけは」
(見た目だけ、ね。でも実際はちゃんと“通る”んだよ。俺にはわかる)
ローブの胴回りを軽く締め直すと、魔力の細い流れが腹から胸、肩、腕へとすっと通る。
指先が、ほんの少し温かい。
(《ルーメン》の伸び……きっと違う。やれる)
ダリオが記録板を閉じ、淡々と告げる。
「確認終了。入場時刻を刻む」
レオニールが無表情のまま顎をしゃくった。
「行け。《灰哭のダンジョン》が待っている」
「……ふっ、凡庸って言葉、返させてもらうからな」
胸にぶら下げた帰光石の冷たい感触を確かめ、俺は深呼吸をひとつ。
東門の先、街はずれの丘――そこに口を開けるダンジョンの門があった。
(行くぞ。“灰哭のダンジョン”。俺は――凡庸のまま、終わらない)




