第109話:測定 光を量る者たち
演習場は、
円形の結界に囲まれていた。
床に刻まれた魔導陣は複層構造。
攻撃・防御・干渉のすべてを記録し、
数値化するためのものだ。
応用課程の名物――
対人想定演習・測定戦。
勝敗よりも、
「どのような魔法を、どのように行使したか」
それが徹底的に観測される。
観覧席には、
教官と上級生、
そして学院付き監査官の姿もあった。
注目度は、異常だった。
「次は特例進級者だ」
「光属性で、対人演習?」
「測定不能が、どこまで出るか見ものだな」
アランは、演習場の端に立っていた。
結界の感触を確かめる。
魔力は抑制されている。
だが――遮断ではない。
(……“使え”と言ってる)
光導槍は腰にある。
だが、抜く気配はない。
その様子を見て、
対戦相手――金髪の貴族生徒が口を開く。
「安心しろ。
俺は全力で行く」
「手加減はしない。
光が、どこまで通じないか」
はっきりさせる」
アランは、視線を逸らさず答えた。
「それでいい。
俺も、説明するつもりはない」
相手の眉が、わずかに動く。
「説明しない?
なら、何をする」
アランは、短く言った。
「見せる」
それだけだった。
開始前の確認に、教官が前へ出る。
「演習内容は対人想定。
致命打は禁止。
結界の判定が出た時点で終了」
「なお――
今回の演習は“特例測定”を含む」
その言葉に、
観覧席がざわめく。
「特例?」
「まさか……」
教官は続けた。
「アラン・ルクレディアの魔法行使は、
通常の勝敗評価とは別枠で解析される」
「結果が出なくとも、失格ではない。
だが――
意味が示せなければ、評価はゼロだ」
リリアは、観覧席で拳を握った。
「……厳しすぎる」
隣にいた上級生が、静かに言う。
「応用課程では、普通だ。
説明できない力は、危険だからな」
リリアは、視線を外さず答えた。
「違う。
説明できないんじゃない。
まだ、言葉が追いついてないだけ」
その頃、演習場。
金髪の生徒が、魔力を展開する。
雷属性。
制御が鋭く、
術式はすでに完成形に近い。
(正統派。評価されやすい型だ)
アランは、一歩だけ前に出た。
魔力は、ほとんど動かさない。
観覧席から、声が漏れる。
「……何もしてない?」
「構えないのか?」
教官の一人が、低く呟く。
「いや……、
待っている」
その瞬間、
結界がわずかに反応した。
演習場全体の魔力循環が、
ほんの一拍、遅れる。
誰も気づかない。
だが、記録晶は確実に捉えていた。
アランは、心の中で確認する。
(壊さない。
押し返さない。
相手を止める)
(……“在らせる”)
光導槍が、
初めて――ほんのわずかに鳴った。
開始の鐘が、鳴り響く。
応用課程。
測定戦。
光が、
数値では測れない場所へ踏み込む。
その瞬間を、
誰もまだ――言葉にできていなかった。
◆◆◆
第110話:測定戦開始 光は、止めずに触れる
鐘の余韻が、演習場に溶けた。
結界が閉じる。
床の魔導陣が淡く光り、
空間そのものが「測定状態」へ移行する。
金髪の生徒が、即座に動いた。
「遠慮はしない。
これは応用課程だ。
結果がすべてだ」
雷属性の魔力が、一直線に収束する。
無駄がない。
詠唱短縮。
理論通りの最適解。
観覧席から、小さなどよめきが起きた。
「速い」
「完成度が高い」
雷光が、地面を走る。
アランは――動かない。
(来る)
避けない。
防がない。
相殺もしない。
その選択に、
教官の一人が眉をひそめる。
「……回避行動なし?」
次の瞬間。
雷撃が、アランの目前へ到達した。
だが――
止まった。
雷が弾かれたわけではない。
消されたのでもない。
ただ、
“進めなくなった”。
金髪の生徒が、目を見開く。
「……何だ、これ」
雷はそこに在る。
魔力も、術式も、完全なまま。
だが、
アランとの距離――
あと一歩分を越えられない。
アランは、初めて口を開いた。
「壊してない。
遮断もしてない」
一歩、前へ出る。
雷が、わずかに揺れる。
「君の魔法は、正しい。
完成度も高い。
だから――否定しない」
金髪の生徒が歯を食いしばる。
「だったら、なぜ届かない」
アランは、静かに答えた。
「“向かう理由”が、そこにないからだ」
観覧席が、ざわつく。
「理由?」
「魔法に、理由?」
アランは、雷に手を伸ばす。
触れない。
触れ“させる”。
その瞬間、
雷撃の軌道が――ずれた。
逸れたのではない。
曲げられたのでもない。
“選び直された”。
雷は、
アランを避け、
結界の床へと吸い込まれる。
床の魔導陣が、一瞬だけ強く発光した。
記録晶が、激しく回転する。
「魔力減衰なし」
「術式破損なし」
「対象変更……?」
教官の一人が、思わず声を漏らす。
「魔法の“向き”を……変えた?」
金髪の生徒が、声を荒げる。
「そんなの……聞いたことがない」
アランは、首を横に振った。
「変えてない。
選ばせただけだ」
「魔法は、ただの力じゃない。
意思の延長だ」
光導槍が、静かに鳴る。
抜かない。
構えない。
ただ、
“そこにある”。
「君は、俺を倒すために撃った。
でも、俺は――ここに立っている」
「それだけだ」
沈黙。
金髪の生徒は、
もう一度、魔力を練ろうとして――止まった。
(……通じない)
いや、違う。
(通じている。
でも、ぶつかれない)
教官が、低く告げる。
「……演習終了」
結界が、ゆっくりと解除される。
結果表示は、出ない。
勝敗欄は――空白。
だが、
記録晶には、
一行だけ、新しい項目が刻まれていた。
《干渉種別:選択誘導型》
教官たちが、言葉を失う。
「……光属性が?」
「いや……これは――」
リリアは、静かに息を吐いた。
「やっぱり。
光は……“答えを強制しない”」
演習場の中央で、
アランは、相手に一礼した。
金髪の生徒は、しばらく黙っていたが、
やがて、低く言った。
「……負けた気はしない。
でも――」
視線を上げる。
「もう一度、やりたい。
今度は、“理由”を持って」
アランは、頷いた。
「それでいい」
応用課程。
数値では測れない戦いが、
静かに――始まったばかりだった。




