第107話:評価の場 説明できない光
応用課程・第一演習室。
半円状の段差席と、
中央に設けられた広い魔導実験区画。
ここは講義室ではない。
評価室だ。
生徒たちは、すでに自分たちの“位置”を理解していた。
前列には名門貴族の子弟。
後列には地方出身者や、成績ぎりぎりの進級者。
そして――
そのどこにも属さない場所に、
アランは立っている。
中央。
立たされている、と言った方が正確だった。
教壇には、三名の教官が並ぶ。
理論担当。
実技担当。
そして、評価記録官。
理論担当の教官が、淡々と告げる。
「本日は、個別評価を行う。
内容は単純だ。
自分の魔法体系を説明し、実演せよ」
ざわり、と空気が動く。
説明できなければ、実演の意味はない。
応用課程において、感覚や才能は“未熟”と同義だ。
最初に呼ばれたのは、貴族派の生徒だった。
「我が家の系譜に基づく雷属性理論について説明する。
雷とは魔力の電位差によって――」
整った説明。
洗練された術式。
教科書通りだが、完成度は高い。
評価記録官が頷き、
無言で点を刻む。
二人目、三人目と続く。
火。
水。
風。
どれも、“理解されている魔法”だった。
やがて――
教官の視線が、名簿の下段へ落ちる。
「次。
アラン・ルクレディア」
一瞬、演習室が静まる。
アランは一歩、前へ出た。
光導槍は持たない。
腰に収めたままだ。
理論担当の教官が、事務的に問いかける。
「光属性。
まずは理論説明を」
アランは、少しだけ考えた後、口を開く。
「光は、増幅しない。
蓄積もしない。
だから、攻撃効率は低い」
一部の生徒が、わずかに笑う。
だが、アランは続けた。
「その代わり、光は“境界を持たない”。
遮られず、拒まれず、ただ届く」
理論担当が眉を動かす。
「抽象的だな。
体系として成立していない」
「成立させていないだけだ」
その言葉に、空気が張りつめる。
アランは、静かに続けた。
「光は、結果を生まない。
変化の“前”に触れる」
「だから――」
ここで、アランは一拍置いた。
「説明が遅れる」
教室がざわつく。
「言語化できないのか?」
「それで応用課程?」
そんな声が漏れる。
実技担当の教官が、腕を組んだまま言う。
「なら、実演だ。
何を見せる?」
アランは、床の魔導陣を見下ろし、答えた。
「変化を起こさない」
一瞬、沈黙。
「……は?」
実技担当が聞き返す。
アランは、腰から光導槍を抜かなかった。
代わりに、
そっと、床に手を置いた。
魔力を流す。
だが、術式は組まれない。
光も、輝かない。
それなのに――
床の魔導陣が、
ほんのわずかに“安定”した。
歪みが消える。
過剰な流れが収まる。
まるで、
最初からそうであったかのように。
評価記録官の手が、止まる。
理論担当が、低く呟いた。
「……干渉している。
だが、変化がない」
実技担当が、ゆっくりと目を細める。
「壊していない。
強化もしていない」
アランは、静かに言った。
「選択を奪っていないだけだ」
その瞬間。
演習室の空気が、確実に変わった。
理解されたわけではない。
だが――
無視できない。
理論担当が、しばらく沈黙した後、告げる。
「評価不能」
ざわめきが走る。
だが、その言葉は続いた。
「……現時点では、だ」
評価記録官が、初めて顔を上げる。
「記録する。
“光属性・体系未定義。
ただし、既存理論では説明不能な安定化事例を確認”」
教室の後方。
リリアは、静かにそれを見ていた。
(……やっぱり)
彼は、競争に参加していない。
最初から、
競技種目が違う。
演習終了の鐘が鳴る。
生徒たちは、ざわつきながら退出していく。
その背中に、
好奇と警戒、そして明確な距離感が混じっていた。
廊下に出たところで、リリアが言う。
「評価不能って、最悪の言葉よ」
アランは、肩をすくめる。
「知ってる。
でも――」
少しだけ、視線を上げた。
「測れないなら、測る側が変わるしかない」
リリアは、苦笑した。
「……本当に、列外ね」
「うん」
アランは、静かに答えた。
「でも、戻る気はない」
応用課程。
ここでは、
“強い者”ではなく
“説明できる者”が上に立つ。
だが、
説明できないまま
確かに触れてしまう存在が、一人いる。
その事実は、
すでに――波紋を生み始めていた。




