第106話:応用課程初日 光は、列外に立つ
帝国魔導学院・応用課程。
基礎課程とは、空気が違った。
広い講義棟。
高い天井。
壁面に刻まれた魔導陣は、装飾ではなく――実験用だ。
ここは「学ぶ場所」ではない。
選別される場所だ。
アランは、指定された教室の扉をくぐった。
すでに、半数以上の生徒が席についている。
貴族の制服。
名家の紋章。
魔力の“圧”が、自然と空間を満たしていた。
(……基礎とは、別物だな)
その視線の中に、
一瞬、知った気配が混じる。
リリアだ。
彼女はすでに席に着いていた。
こちらを見て、ほんのわずかに目を細める。
声はかけない。
ここでは、それが正しい距離だった。
やがて、教壇の前に一人の教師が立つ。
年齢は中年。
だが、魔力の収束が異常に静かだ。
「静かに」
それだけで、
教室のざわめきが完全に消えた。
「今日から君たちは、帝国魔導学院・応用課程の生徒だ。
ここでは才能は前提条件、努力は評価対象外。
結果のみが、序列を決める」
教室の空気が引き締まる。
「応用課程では、クラス分けはあるが“保護”はない。
優秀な者は前へ出る。
劣る者は、容赦なく置いていかれる」
教師は一度、名簿に視線を落とし――
そこで、わずかに動きを止めた。
「……特例進級者が一名いるな」
視線が、
一斉にアランへ向けられる。
「アラン・ルクレディア。
光属性。
基礎課程修了相当認定」
教師は、感情を挟まず続けた。
「言っておくが、特別扱いはしない。
むしろ逆だ。
“説明できない存在”は、常に不利になる」
誰かが、小さく鼻で笑った。
「光属性が、応用課程?」
「何かの冗談だろ」
別の声が続く。
「どうせ、現地対応の偶然だ」
「理論も攻撃力もない属性だぞ」
アランは、何も言わない。
腰の光導槍も、
今は沈黙している。
教師は、その反応を見てから言った。
「いいか。
この課程で求められるのは“何ができるか”ではない」
「なぜ、それができるのかを説明できるかだ」
その言葉に、
教室の空気が一段、重くなる。
「次回までに、全員“自分の魔法体系”を言語化してこい。
属性・理論・到達点。
曖昧な者から、脱落する」
鐘が鳴った。
初日の講義は、それだけだった。
教室を出ると、
廊下ではすでに小さな集団ができていた。
名家同士。
派閥の芽。
廊下の窓から差し込む光が、二人の立つ位置を分けていた。
リリアは、正規の進級者だ。
基礎課程を定められた課程通りに修了し、
成績上位者として応用課程へ進んだ生徒の一人。
山脈異変への参加も、
“特別扱い”ではない。
実地演習および研究補助として正式に単位認定され、
評価記録にも明確に残っている。
だから彼女は、
この場に立つ理由を説明できる。
誰に問われても、揺らがない立場を持っていた。
一方で――
アラン・ルクレディアは違う。
彼は、基礎課程を「修了した」わけではない。
試験を積み上げたわけでも、
課程を順当に終えたわけでもない。
基礎課程において要求される能力を、
すでに実地で満たしていると認定された。
ただ、それだけだ。
教育過程の完遂ではなく、
能力到達の確認。
制度の内側ではなく、
制度の“外縁”から押し上げられた存在。
同じ教室。
同じ課程。
だが――
同じ立場ではない。
だからこそ、
リリアは席に座り、
アランは“列外”に立っている。
光が、浮いているのではない。
最初から、
並ぶ場所が違っていた。
「見たか? 光属性」
「説明できるのかね」
「まあ、最初の実技で終わりだろ」
その視線を、
アランは気にも留めず、歩く。
すると、背後から声がかかった。
「……大変そうね」
リリアだった。
彼女は、以前よりも少しだけ大人びている。
魔力の輪郭が、はっきりしていた。
「応用課程は、言葉の戦場よ。
剣より、術より、理論が先に来る」
アランは、短く頷く。
「分かってる。
だから……ここに来た」
リリアは、わずかに目を見開いた。
「……光で?」
「光だから、だ」
アランは、前を向いたまま続ける。
「壊せないものに、触れられる。
説明できないなら、説明する側になるしかない」
リリアは、しばらく黙っていたが――
やがて、小さく息を吐いた。
「……相変わらずね。
でも、覚悟はできてる顔」
二人の前を、
数人の生徒が横切る。
その中の一人が、立ち止まり、振り返った。
「特例進級者。
応用課程は甘くないぞ」
その言葉に、
アランは初めて視線を向けた。
「知ってる。
だから、ここにいる」
それだけだった。
相手は一瞬、言葉を失い、
やがて鼻で笑って去っていく。
廊下に、再び静けさが戻る。
リリアが、ぽつりと言った。
「……ねえ、アラン。
たぶん、ここでは“光”は嫌われる」
「うん」
「それでも、進むのよね」
アランは、はっきり答えた。
「選んだから。
導かれたんじゃない。俺が、選んだ」
その言葉を聞いて、
リリアは小さく微笑んだ。
応用課程。
人間関係。
序列。
才能と評価。
戦場は、もう山ではない。
だが――
ここでも、律は確かに息をしている。
そして、
その“触れ方”を知る者は、
まだ――一人しかいなかった。




