第102話:根源の声 封じられた痛み
光が示した道は、階段でも扉でもなかった。
“落下”。
足元が、沈んだ。
アランは身構える暇すらなく、白銀の闇へ吸い込まれた。
落ちる。
だが──怖くはない。
(拒絶じゃない……誘導だ)
速度も、重力も、感覚すら曖昧。
ただ、胸の奥の律だけが一定の鼓動で響き続ける。
──ドクン。
──ドクン。
突然、落下が止まった。
足が、柔らかい“土”に触れる。
視界が、色づく。
白ではない。
茶色。
深い、湿った色。
(……ここは?)
目を凝らした瞬間、胸の奥に冷たいものが刺さる。
“声”が、聞こえた。
※声ではない。
粘りつく“感情の記憶”──。
――こわい
――こわい
――つぎも こわい
――また壊される
――また奪われる
――わたしは 在れない
無数の声が、土の中から滲み出す。
地面が震えるたびに、“悲鳴”が血のように染み込む。
アランは息を呑んだ。
(……ここが)
(この山が──核になる前の、“痛み”の場所)
形を持たぬ律。
名前のない存在。
世界の端で生まれ、壊れ、流れ、また生まれて──
ただそれだけを繰り返した“核の胎動”。
その苦痛が、この土を濡らしている。
アランは、槍を握りしめる。
だが、光導槍は震えない。
静かに──待っている。
(刺せ、とも。照らせ、とも言わない)
(……これは、俺が選ぶべき場面なんだ)
足元の泥が、ぎゅ、と指のようにアランの足首を掴んだ。
逃がさない──
引きずり込もうとする。
――なぜ来た
――お前も奪うか
――また 壊すのか
胸が締め付けられる。
これは怒りではない。
“恐怖の反撃”。
(……そうか)
アランはゆっくり膝をついた。
逃れようとせず。
槍を振り上げようともせず。
ただ──その地面へ、手をついた。
「奪いに来たんじゃない」
喉から出た声は震えていた。
だが、それでも言う。
「……触れに来た」
恐怖の声が止まる。
静寂。
土の中の怯えが──アランの手の温度を測るように、じりじりと近づいた。
息が詰まる。
だが、逃げなかった。
「在りたいのなら」
「俺は──それを肯定する」
瞬間。
胸の中心で、光が脈打った。
光導槍が、アランの意思に応じるように淡く灯る。
照らす光ではない。
押し返す光でもない。
“寄り添う光”。
その光が、土へ触れ──
恐怖が、わずかに溶けた。
沼の粘度が緩み、アランの足首から離れる。
空間が揺れ、奥へと裂け目が生まれる。
(……道が、開いた)
アランは立ち上がる。
握った槍は軽い。
だが、それは武器ではなく──
一緒に進むための光。
「行く」
誰でもなく、
恐怖そのものへ向けて。
白銀と土の狭間へと歩みを進めた。
そこには──
まだ名前も形も持たない、“核の涙”が待っていた。




