第10話:本格試練の幕開け 灰哭のダンジョンへ
だが、安堵は長く続かなかった。
廊下の先で、父に仕える執事の一人に呼び止められる。
男は口元に皮肉めいた笑みを浮かべ、恭しく一礼した。
「――アラン様。初陣は終わりました。次からは本格的にダンジョンへ行っていただきます」
わざとらしい敬語の響きに、背筋がぞわりとする。
「今回より従者の同行は認められません。同行するのは監査役のみ。ご自身の力を示していただきます」
(監査役だけ……つまり、見張られるってことかよ!)
心の中で毒づきながらも、俺は無言でうなずいた。
生き残るために――そして“凡庸”で終わらないために。
執事はわざとらしいほど恭しい口調を崩さず、続けた。
「監査役は三名――いずれも本家にて選ばれた者たちです」
横から進み出たのは、三人の若き魔導士。
それぞれ、冷ややかな視線をこちらに向けていた。
「第一監査役、レオニール様。氷属性の才を持ち、冷徹なる審判者」
長身で痩せた青年が顎を引き、冷ややかに一礼した。
「第二監査役、マリエッタ様。幻惑の魔術に長け、虚実を見抜く眼を持ちます」
金糸の髪を揺らした女性は、笑みを浮かべながらも瞳は嘲るように細めている。
「第三監査役、ダリオ様。雷撃の使い手にして、迅速なる処断を信条とされる方」
がっしりとした青年は腕を組んだまま、こちらを値踏みするように睨みつけた。
――三人とも、間違いなく「監視」しに来たのだ。
執事は口角をつり上げる。
「今回の舞台は《灰哭のダンジョン》。
五層構造を持つダンジョンでございます。名の通り、灰のようにくすんだ壁と、哭くように鳴る風が特徴……。
討伐すべきは、最下層に巣食う“影狼”の群れ。火力も統率力も不足する者には、まず突破は叶いません」
喉がごくりと鳴った。
氷、幻惑、雷――すべて強力な魔法を使える監査役たち。
そして俺は……《ルーメン》と《ミニキュア》しかまともに扱えない。
(これって……完全に公開処刑じゃねえか!)
それでも、引き下がるわけにはいかない。
ローブと槍――俺だけの秘密兵器を握りしめ、俺は奥歯をかみしめた。
レオニールが一歩前に出て、淡々と告げる。
「規定に従い、我々は入口まで同行し、そこで結果を確認する。それ以上は干渉しない。……忘れるな」
マリエッタも、事務的に微笑を添える。
「入口はそのまま出口でもある。だから私たちは、そこで静かに結果を待つだけよ。あなたの成果はそのまま記録されるわ。泣き言も言い訳も、加点にはならない」
ダリオは腕を組んだまま低く言い切った。
「戦果の有無、持ち帰った証、それだけを評価する。それ以外は我々に関わりのないことだ」
三人の声は冷ややかだったが、皮肉や嘲りではなく、あくまで規則を読み上げるかのような調子。
それが逆に、逃げ場のなさを突きつけてくる。
(……本当に、俺一人でやるしかないってことかよ)
俺は喉の奥を鳴らしながらも、無理にでも口角を上げてみせた。
「……ああ、分かってるさ」
事務的な監査の言葉を背に、胸の奥で小さな炎を灯す。




