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Mission.04

 インターナショナルフォールズに到着した二人が、郊外にあるコテージに荷物を置いて落ち着いたのは〇時前だった。

 人目を(はばか)る為に夜の行動が多くなるのは当然のことと言える。

 千景は一人テラスに出て夜の雪景色を眺め、ヘリを降りてからのことを振り返っていた。

 主にジャックについてだ。

 誰にでも当たりの強い彼が普通に会話出来るなんてことは想像もしていなかった。

 だからこそ悪名高い殺人鬼としてのジャックは、元来の性質ではないと千景は確信していた。


(まぁそれぞれ理由や目的があることはわかってたけど)


 所詮人殺しの集まりだ、と千景は思考を止める。


「う~、(さみ)ぃ……。

 クイーンさんよぉ、こんな真冬の夜更けにそんな薄着で正気か?」


 背後でガラリとリビングの窓が開き、聞き慣れたしゃがれ声が聞こえてきた。

 千景はそのまま振り向くことなく口を開く。


「冷えた空気は思考がよく働くんです。

 それよりもジャック、あなたはそんな調子で大丈夫なんですか?」


 弛緩していた雰囲気は一気に張り詰める。


「あ? まだ俺が勝てないとか思ってんのか?

 前にも言ったが、今ここで実力を証明したっていいんだぜ?

 お前をバラバラにしてやるからよぉ」


 ジャックは殺意を瞳に映して、どこからともなく取り出したナイフを片手に、無防備な千景の背後に迫った。不用意に。


「ッ!!」


 その瞬間、彼女は振り向きざまにジャックの首を鷲掴みにした。


「私に刃を向けるのは構いません。

 ですが死ぬ覚悟は出来てるんですか?

 あなたは人を殺し過ぎて忘れているかもしれませんが、自分より強い者は必ず存在しますし、いつの日か殺される時は来るものですよ」


 千景のスラリとした細い指が頸部にメリメリと食い込み、ジャックは息をするだけで必死となって、手に持ったナイフをその場で落とし、冷え切った彼女の手を掴んで抵抗した。


「そのいつかは一年後かもしれませんし、明日かもしれない……。

 或いは今がその時か」


 まるで自分に言い聞かせるように千景は淡々と口ずさむ。


「ぐっ……が……」


 氷点下に達している周りの空気と同じ冷たさを宿した目を向けて、千景はもがき続けるジャックへと告げる。


「このまま首をへし折って私一人で任務に当たるのも悪くないかもしれませんね」


 そう言ってニコリと微笑んだ千景に最早温度感は皆無。


「…………冗談ですよ、ふふっ」


 首を折られずとも、窒息による死の一歩手前で千景はパッと手を緩めた。

 突然解放されたことによってその場で崩れ落ちたジャック。

 大きく息を吸い込んで、生と死の狭間から戻って来た彼は千景を睨む。が、圧倒的な力の差に言葉は出てこなかった。


「その意気です。

 明日の任務も死なないように精々頑張ってください。

 私はもう寝ます」


 千景は返事も待たず、コテージの中へ。

 暗い自室のベッドで端末を開き、ホーネットからのメールを確認した後、眠りについた。


 ◇ ◇ ◇


 翌日、二人は朝から都市部へと出掛けていた。

 都市と言っても人口は六千人程度で、街というよりは田舎町だと言える。

 日中ということもあり、普段移動に使っている黒塗りで防弾仕様のSUVから、何の変哲もないピックアップトラックに乗り換えて、千景とジャックは延々と立ち並ぶ民家の中を走っていた。


「日本の道路より道幅も広くて走りやすいですね」


 この日、千景は普段のように表情を崩しはしなかったが、上機嫌ではあった。

 日頃ヘキサグラムという閉鎖空間にいる彼女が、自分の意思で大空の下を走るのは半年以上も前のことだったからだ。加えて運転するのが好きな千景は、ジャックに任せることなくハンドルを握っている。

 そんな気分からか、昨日の二人の間に起こったことなど、なかったかのように何気なく言葉を発していた。


「一度行ったことがあるが、あれは酷いもんだな。

 ゴチャゴチャしすぎてて鬱陶しかったぜ。

 飯は旨かったけどな」


「そうですね。

 私は日本の中心部に住んでいたので、人込みとビルばかりで疲れる場所だったかもしれません。

 ジャックは日本の何処に行ったか覚えてますか?」


「確かキョウトってところだったか……。

 あんまり覚えてねえけど、とにかく人が多くて暑かったな」


「あそこは確かに観光客も多いですしね。

 私も暑いところは苦手です」


「俺はまだ暑い方がいい……。

 こんな雪景色、見てるだけで寒気がするぜ」


「本当に寒いのが苦手なんですね。

 前に住んでた所ではこんな雪景色見られなかったので、私は新鮮で楽しいですよ」


「……クイーンも楽しいとか思うことあるんだな」


 今まで流れる風景を見ていたジャックは、酷く驚いた顔で千景に視線を移した。


「当たり前じゃないですか。

 私もあなたと同じ人間ですよ?」


「もっと冷徹な人間だと思っていたから驚いただけだ」


「それはあなたがいちいち突っかかってくるからです。

 ……着きましたよ。行きましょう」


 目的地であるウォルマートに到着した二人は、車を降りて足早に店舗内へ入った。

 世界的にも有名なディスカウントストアなら大体の物は揃う。

 殺しを専門にしている彼女たちも、食べずにはやっていけないわけだが、二人ともが料理からは縁遠い人物な為、今日、明日で必要な物を揃えるついでに食料調達に来ていた。


「武器、弾薬とかは組織から支給されるってのに、食料も生活必需品も自分たちで現地調達なんて、金ないのかよ」


 ジャックはテキパキと買い物カゴに物品を入れていく千景の傍らで悪態をついた。


「経費削減じゃないですか? 知りませんけど」


「大丈夫かよこの組織……」


「どこも不景気ということですね」


 千景がいい加減に返事をしていることを察したジャックは、それ以上は何も言わなかった。

 そして買い物を終えて再び車で走り出した時だった。


「昼前ですけど、何処か食べに行きますか」


 千景はふいにジャックへと提案する。


「俺と食事なんて、明日世界が滅ぶとしてもあり得ない、とか言ってなかったか?」


「そう思っていましたが、今のあなたなら構わないかな、と」


「なんだそりゃ……。

 ……まぁいいぜ、クイーンの仰せのままに」


 ジャックは車窓の向こうを眺めたまま千景の言葉に応じた。


「それじゃ、さっきドライブスルーを見かけたので引き返します」


 千景はそう言って、ウォルマートから出てすぐのところで見かけたファストフード店に引き返す為にハンドルを切った。

 適当に車内で食べれる物を注文している時、千景は「この後、少しドライブしましょう」と言って昼食を取りながら、当てもなく車を走らせた。


「よくわかんねぇ店だったけど、案外いけるな」


「こうしてドライブしながら食べると何でも美味しいと思います」


 自由と言っても、完全に外界と遮断されたヘキサグラムでの生活に辟易としていた千景にとって、普通の生活のような体験は貴重なものになっていた。


「クイーン様はあそこの何がいいのか、監獄に篭ってミッションは俺ら任せだもんなぁ」


 水中の監獄とも形容出来るヘキサグラムを好ましく思っていないジャック。

 嫌味ったらしく言う彼に対して、千景はクスクスと笑って返答する。


「そうですね。

 こんな生活が出来るなら毎度任務に出るのも悪くないかもしれません」


 ジャックは食べる手を止めて、真剣な眼差しで千景を見た。


「……なぁ、一つ聞いていいか?」


「バカなことでなければ」


「そんな(つえ)ぇのに、なんで任務に出ないんだよ?

 チームワークもクソもねぇ俺らに任せっきりにするより、自分でやった方が手っ取り早くないか?」


 これは彼なりに千景を認めた発言だった。


「あなたが腹を割って話すなら私も答えなければいけませんね。

 ……私はこんな組織に属していながらも、無駄な殺生をするつもりはないです。

 その分あなたたちの手を汚させている自覚も持っていますけどね」


 プライドの高いジャックが他者を認めるのは容易なことではなかった。それを理解していた千景も正直に答えることにしたのだった。


「じゃあ何でこんな組織に入ってんだよ?

 脅迫とかされて来た奴なんていないだろ」


 役人から組織に勧誘された時、殺人鬼である自分にでさえ承諾を求めてきたのだから、他のメンバーもそうなのだろうとジャックは考えていた。

 そしてそれは間違いではなかったが、千景の場合は少し特殊だったとも言える。


「私は統括になれと強制されていましたが、死ぬつもりの私に通用しないことがわかった役人は、交換条件を出してきました。

 だからそれを飲んだまでです」


「ほーん、交換条件ねぇ。

 腹に一物抱えてる奴ばっかだとは思ってたが、そんなこともあんだな」


「勘違いしないでもらいたいのですが、任務に出ると決めた以上、手を抜くつもりはありません。必ず完遂しますから安心して下さい」


「別にそんな心配なんてしてねぇよ。

 そもそも俺らにチームワークなんてないだろ。

 お前が殺しはしたくねえってなら、俺が単独であの女をぶっ殺してザハロフも捕まえてやるから、まぁ期待してろやクイーン」


「話過ぎました……そろそろコテージに戻ります」


 何故死ぬつもりだったのかや交換条件のことを深く聞いてこない辺り、気を遣ったのだろうと察した千景は話を打ち切った。

 そこからコテージに着くまで終始無言の二人だったが、千景はジャックの意外な一面を知れて、今回同行したのは正解だったと感じて、悪くない気分だった。

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