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Mission.03

 自室にすぐ戻った千景は、ある人物を部屋に呼び付けていた。


「わざわざ会議室から出る間際に、誰にも気付かれないように部屋へ来い、なんて紙を渡してきて、あたしに何の用があるの?」


「ホーネット、あなたに頼みがあります」


「あたしに頼み?」


 ストロベリーブロンドを首を使ってばさっと靡かせ、豊満な胸を抱えるように腕を組んだホーネットは、(いぶか)しげな視線を千景に送った。


「私とジャックで殺し屋の女を抑えますので、単独でザハロフに近付いてほしいんです。

 千変万化なあなたには容易いことでしょう?」


「……目的を言いなさい」


「私が出る以上失敗はあり得ません。

 ですがあの殺し屋はかなりの手練れです。相手をしている内にザハロフに逃げられでもしたら面倒ですからね。

 だから万全を期するのは当然のことです」


「なるほど、ジャックじゃ当てにならないからあたしに頼むわけね」


「そういうことです」


 ホーネットは返答することなく暫く考え込んだが、やがて口を開いた。


「一つ貸しということにしといてあげる」


 元々乗り気ではなかった彼女だったが、クイーンに貸しを作れるなら、という結論に達して承諾することにした。

 千景も「それで構いません」と納得する。


「ですがザハロフは出来る限り生け捕りにしろとのことです。

 吐かせたいこともあるらしいので口を利けなくするのもNGですよ」


「わかったわ。

 あたしは先に潜り込むから、作戦の日時が決まり次第(しら)せて。

 生け捕りにするタイミング等はあんたの指示に従ってあげる」


「お願いします」


 怪しい笑みを浮かべたホーネットは「久しぶりの狩りね」と呟いて部屋を出ていった。


(これで任務失敗はなくなったと思っていい)


 些かの不安はあるものの、千景はそれなりに彼女を信頼している。

 暗殺を得意とするホーネットはこれまでに三度任務に当たっているが、指示には忠実に従い、必ず結果を出している。その仕事ぶりを千景は高く評価していた。


 ◇ ◇ ◇


 数日後、小都市の東に位置する人気のない森の中。

 千景とジャックはアメリカとカナダの国境にある、ミネソタ州インターナショナル・フォールズを目指している。

 ヘリから車に乗り換える為に、徒歩で移動している道中のことだった。


「んっだよ、ここ!! 寒すぎんだろ!!!」


 ジャックはあまりの寒さに吠えた。


「うるさいですね。

 私の近くで騒ぐのは止めて下さい。

 大体そんな薄着だからでしょう」


 ジャックはいつもの軍服とは違って私服だったが、千景と比べると明らかに薄着だった。


「お前平気なのかよ!?

 ……身体が凍り付きそうだ」


 ジャックは歯をガチガチと鳴らしながら、高速で足踏みをしたり飛び跳ねたりして体温を保とうと必死だった。

 一方、千景は暑い場所が苦手ではあるが、寒さには強く、比較的普段と変わらない表情で平然としている。それでも鼻先は赤みを帯びていたが。


「特に問題ないです。

 あなたが寒がりすぎなだけで――」


「くそっ!!」


 耐え難い寒さにジャックは悪態を付きながらも、ついに千景に抱き着いてしまう。いや、しがみついたと言うべきか。


「……正気ですか?」


「俺は寒いの苦手なんだよ!

 車に入るまでの間だけでいい!!」


「私への敵対心はどうしたんです?」


「くっ……死ぬくらいならお前にしがみついてた方がマシだ!」


 普段から千景に何かと噛み付き、彼女のことを嫌悪していたジャックだったが、人の温もりを得られるならもうなんでもいい、という有様だった。


「鬱陶しいですね」


 ずばりと吐き捨てて歩き出した千景だったが、無視して引き剥がすこともせずに放置した為、車に到着するまでの間ジャックを引っ付けたまま過ごすことになった。

 車内に入り漸く解放された千景が、作戦の概要を端末で再確認しているところにジャックは話し掛けた。


「……てめぇのそれは武器か?」


 先程の失態から目線を泳がせているジャックだったが、自分のすぐ脇に置いてある細長い袋のことだとすぐに察して、千景は口を開いた。


「えぇ、私の愛刀……と言っても一度も使ったこはないですけどね」


「ってことは刃物か。

 ちょっと見せてみろ」


 刃物を武器として扱うジャックは興味本位で聞いただけだったが、千景は何をするつもりなのかと警戒して渋っていると、彼は「別に何もしねーよ」と続けたので不本意ではあったが、面倒なやり取りを繰り返すこともないか、と渡すことにした。


「こいつは……」


 鞘から少しだけ抜いて刃を見たジャックは言葉を失った。


「あなたの目から見てどうなんですか?

 私にはよくわかりませんでしたが」


「今まで見た中でもかなり上位に来る業物だな。

 だが、こんなにもしっくりこねぇ刃物は初めてだ」


 ジャックが愛用しているのは基本的にナイフやダガー系統の短い刃物だが、大体の刃物を扱えるジャックは心底驚いていた。

 それが刀身だけでも一〇〇センチを超える大太刀を握ったから起こった感覚、というわけでもない。


「それはもしかしたら私の為だけに打たれた刀だからかもしれませんね」


「なんだそれ?」


「銘は雪景(ゆきかげ)

 とある刀匠が死の間際、最高傑作を遺したいと考え、それを持つに相応しい人物に私を選んだそうです。

 その証として、私の見た目と本名からそう名付けたと聞きました」


「はっ、羨ましい限りだぜ。

 クイーンともなればこんな業物まで貰えるなんてよ」


 荒々しい口調とは違い、丁寧に刀を鞘に納めて鞘袋を閉じたジャック。

 それをあくまで慎重にそっと千景に返した。


「ですが、その刀匠が打ったのは雪景だけではないみたいですよ。

 兄弟刀としてもう一振り景切(かげきり)という刀もあると言っていたので、私の雪景は譲れませんが、景切なら手に入れることも出来るかもしれませんね」


 刀剣類を集めることが趣味でもあるジャック。

 こんな業物なら手に入れたいと迷ったような顔をしたが、すぐに思い留まった彼は口を開いた。


「……てめぇとお揃いの刃物なんて死んでもいらねえよ!」


「そうですか。

 まぁ誰が持ってるのか、何処にあるのかすらもわかりませんしね」


「ケッ……なんか調子狂うな……」


 ジャックは千景には聞こえない程の小声で呟いたが、車内で二人がそれ以上会話することはなかった。

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