Mission.02
◇ ◇ ◇
ヘキサグラム内部に数店舗ある内、二四時間営業していることもあって、一番利用されることの多いレストランへ来た二人。
品数の豊富なここは職員たちの間でも評判高いが、値段も少々高い。
「好きなものをどうぞ」
「は、はい……」
千景と向かい合って座るナードは緊張した面持ちでメニュー表を覗き込む。その姿がなんだか可愛らしく感じて彼女はクスクスと笑った。
「……どうしたんですか?」
「いえ、ドラッガーには上官と部下の関係だと言いましたが、あなたはもっとフランクに接してくれてもいいと思いますよ」
「流石にクイーン相手にそれは……」
「まぁそうですよね……。
よし……! ここは私の奢りだし、悩むくらいなら食べたい物全部頼もう。
ナードは何と何で迷ってる?」
千景はナードが持っていたメニュー表をさっと取り上げ、テーブルに広げて「私はこれとこれにしようかな」と言って彼を見た。
「じゃ、じゃあ僕はこのパスタで」
「男の子なんだからもっと食べなよ。
ほら、これも美味しそうだよ」
千景は店員を呼んで、自分の分と要望のパスタに加えて、適当な物を頼んでいく。
二人で食べきれるかどうかの量を注文し終えた時だった。
「……お姉ちゃん…………」
突然、砕けた口調で話す千景を見て、ナードはぽつりと呟いた。
「ん?」
「ッ!
す、すみません!」
「ふふっ、私がお姉ちゃん?」
意地の悪い表情で問いかけられたナードは俯いて「いえ」と答えた。
「別にいいよ。
他のメンバーはいないんだし、私たち二人だけだから。
確か君には姉がいたよね? どんな人だったか聞いてもいい?」
ナードは暫く考え込んで、おもむろに話し始めた。
「……姉は、とても優しかったです。
こんな僕に対していつも笑顔で接してくれて……。
クイーンのそんな柔らかい表情を見てると思い出してしまいました」
一五歳というのは多感な時期だ。
そんな時に家族と引き離されて、殺しの手伝いをさせられているのだから、精神面で大きな負担を掛けているはず。誰にも甘えられないこの環境下で、千景が彼の不安を察するのは容易なことだった。
しかし忘れてはいけないのは、全員が一度は人を殺したことがあるということ。
この子は何故そんなことをしてしまったのだろうか、と疑問に思ったが、それを口に出すことはなかった。
「きっとお姉さんは君のことがとても大切だったんだろうね。
ナードを見てると私にもそれはわかる気がするよ」
「そう、なんでしょうか」
「私はそのお姉さんの代わりにはなれないけど、不安や相談がある時は気軽に話してくれると嬉しいかな」
普段の冷たい雰囲気は鳴りを潜め、温度感のある優しい微笑みで語り掛ける。
そんな彼女にただ茫然とナードは見惚れていた。
「お、ご飯来たよ。食べよ食べよ」
「あ……はい。
い、いただきます」
早速料理を食べ始めた千景に倣って、我に返ったナードも自分のパスタを丁寧に巻いて頬張った。
「やっぱ誰かと食べる方が美味しいね!」
「そうですね。
僕はいつも一人ですから、初めて誰かと食べましたけど……」
「私も基本一人かな。
たまに会食に出席することもあるけど、こうして気兼ねなく食べるのは初めてかも。
あ、ナードは気兼ねなくってわけでもないか。あはは」
目の前の人物が上官のクイーンとしてなのか、それとも桜満千景という一個人なのかわからないナードは、事実として気兼ねしていた為に返答に困って愛想笑いするしかなかった。
彼の気も知らず二〇分程、ニコニコと談笑しながら食べ続けた千景だったが、
「……ごめん、私もう無理かも」
テーブルの上の料理が半分以上残っている段階で音を上げた。
「えぇ! まだ半分も食べてないですよ!?」
「私、結構小食なんだよ……」
「……あの、僕もそうなんですけど」
千景の言葉に言い辛そうに返すナード。
二人して途方にくれてしまう。
「バスティオンを呼ぼう」
意を決したかのようにそう言った千景は、腕時計型の小型端末を操作して仮想ウィンドウを開いた。
『珍しいなクイーン。
オレに何か用か?』
「どうも。
今、手は空いてますか?」
『あ? あぁ……そろそろ晩飯でも行こうかとしていたところだが』
「丁度良かったです。
至急、ハーヴェストまで来てください」
『なんだかよくわからんが、とりあえず向かう』
バスティオンは了承と同時に通信を切った。
「私のこんな態度は他の人には秘密だよ」
微笑のまま人差し指を口元に当てて、最後に片目を閉じた千景。
他の女性がそんな行動を取れば"あざとい"と言われるようなことも、控えめに言っても美人な千景がやる分には自然と様になっていた。ナードが特に心を揺らすこともなく、素直に「はい」と頷いていたのがその証拠だろう。
一五分程でやってきたバスティオンはテーブルの上の有様を見て、すぐに状況を把握していた。
「クイーンよ、まさかお前らの残り物をオレに片付けさせる為に呼んだんじゃあるまいな?」
「察しが良いですね。
不覚にも注文しすぎてしまったので、頼みます」
「……まぁいい。
こんな残り物だけでは足らんでな、追加の注文もさせてもらうぞ」
「この際テーブルが片付くならなんでもいいです。
会計は私が持ちますので、ご自由にどうぞ」
ドカッとナードの隣に腰を下ろしたバスティオンは店員を呼んで、更に料理を追加する。
追加の品が届くまでの間に全てを平らげた巨漢は、千景とナードを交互に見た。
「……お前ら仲良いのか」
「普段から食事を共にしているのか、という問いなら答えはNoです」
「でもナードがさっぱりしてるのはクイーンがやったんだろ」
「そうですが、それが何か?」
「……気になっただけだ。
聞かれたくないようならもう聞かないが、あまり誤解されるようなことはするな。ただでさえお前ら二人はチームから浮いてるんだからな」
「今日は随分とお喋りですね、バスティオン。
それよりも、あなたが一応でも”アレ”をチームだと思っていたことに驚きました」
ピリピリとした空気が漂い始めた段階で追加の料理が運ばれてきて、ほっと胸を撫で下ろすナード。
バスティオンもそれ以上は食って掛かることもなく、黙々と食事を続けた。
しかし視線を集めるには十分過ぎる空気と存在感は、周囲へと既に伝播した後だった。
――おい、SAのメンバーが一緒に食事してるぞ。
――氷の女王と不動王が一緒にいるなんて……。
何か良くないことが起きる前触れなんじゃ……。
――作戦会議ってわけではなさそうだが……どうなってんだ。
一般職員たちが口々に好き勝手なことを言っているのが、三人の耳にはしっかりと入っていた。だが、そんなことをいちいち気にしていては、ここではやっていけないのが実情。
そんな囁き声など相手にすることもなく、張り詰めた空気感のまま食事会は終わった。
◇ ◇ ◇
「昨日は三人でよろしくやってたんだってなぁ? クイーン」
七人が第一会議室に集合して開口一番、ジャックは全員に聞こえる声で吐き捨てた。
「だからどうしたというのです?
あなたを誘うことなんて、明日世界が滅ぼうともあり得ないんで安心して下さい」
「喧嘩、止めて」
「今日は決めなきゃいけない議題があんでしょ~?
あたし忙しいんだからさっさとしてよね」
早くも不穏な空気が漂い始める中、ルミナスとホーネットがそれを止めた。
「そうですね。
下らない時間でした。
全員の下にもう届いていると思いますが、次のターゲットはディープステートと深い関わりのある企業【レインメタル】のCEOであるヴラス・ザハロフ。
ガードが堅く、中々表に出てこない人物で、更に最近になって新たに殺し屋を雇ったという情報も入っています。
近づくのは容易ではない為、ホーネットに任せたいと思いますが反対意見のある者はいますか?」
「あるねぇ」
すぐに反応を示したのは、またもやジャックだった。
「その殺し屋って女なんだろ?」
「えぇ、王花琳という縄鏢使いですね」
「え……?」
「どうかしましたか? ナード」
「い、いえ……」
「しゃしゃり出てくんじゃねえよナード。すっこんでろ。
女だってんなら俺が殺らせてもらうぜ」
「殺し屋に手を下す必要はありません。
あくまでターゲットはザハロフです」
「知ってんだぞ?
お前が最後に解決した事件の相手だったのが、この殺し屋だってなぁ」
ジャックのセリフで千景の表情は更に冷徹なものに変わる。
「……それがどうしたんですか?」
「まさか庇ってるとか言わねーよなぁ?」
「ふふっ……そんなわけないでしょう。
…………暗殺してさっさと終わらせようと思っていましたが、いいでしょう。
ジャック、あなたがやりなさい」
「そうこなくっちゃな!!」
千景はジャックに対して「ただし」と釘を刺す。
「私も行きます」
「あ?」
「あなた程度じゃ花琳に良いように弄ばれて終わるのが関の山ですからね」
「舐めてんのか? てめぇ」
その言葉には"私以下のお前では勝てない"という意味が含まれていることを察したジャックは、瞬間的に自分の席から飛び上がり、演台に着地すると同時に千景の顔を覗き込んだ。
「私にそんなこけおどしが通用しないことはわかっているでしょう。
さっさとそこを退きなさい。目障りです」
一切怯む様子のない千景は真っ直ぐとジャックを見据えて言い放つ。
それを受けてジャックは額に青筋を浮かべて、今にもナイフを取り出しそうな勢いだったが、スッとその気配を霧散させた。
「……今は引き下がっといてやるよ。
俺がその殺し屋のお友達をバラバラにするところ、特等席で見物しとけ。
それにもしかしたら、てめぇの実力も見られるかもしれねぇしな」
ニタリと笑ったジャックは再び自分の席へと飛び退いた。
「……他に異議がある者は?」
誰もがシンと静まり返っていた。
まさかクイーン自ら出るとは考えていなかったからだ。
「ないようですね。
では、私とジャックで任務に当たるということで」
千景は冷めた目付きのまま、会議室を後にした。