1.4 - 学園長室 【エウローン帝国 : 善人の試行錯誤】
――エウローン帝国学園、学園長室――
リンド学園長に案内されたその部屋は、召喚術を行っていた部屋とは随分様相が異なっていた。
豪奢とまではいえないが、しっかりとした造りの洋室。
奥には立派な机と椅子が鎮座し、部屋中央には応接セット――テーブルとソファーがある。
派手さはあまり無いが、レトロな雰囲気のそれらは、部屋と良く馴染んでいる。
「オーズ君……いや、ゼント君! 次、これはどうじゃ?」
だが、オーズの姿になった黒霧ゼントは、この立派な部屋に案内されたものの、饗も特に無く、リンドの実験に付き合わされていたのだった。
目を輝かせながら、リンドは得体の知れないヌメヌメしたものを差し出す。
「オーズでもゼントでも呼び方なんて何でもいい。……いいんだが……ソレは何だ?」
得体の知れないヌメヌメしたものは、リンドの手の上で蠢いている様に見える。
(学園長が実験とか言い出した時、ラウムがそそくさと退室したのは……まさか……)
"オーズの顔"が疑いの色に歪む。
「これか? ふふふ……。良くぞ聞いてくれた! これはスライムじゃ! 我がとある群体生物をベースに改良に改良を重ねての。最初は目にも見えんような小ささじゃったがの、遂にはこの大きさの個体にまで成長を遂げたのじゃ! このスライムはのぅ、それは凄くてのぅ……まぁ端的に説明するとじゃ! お主の様に他生物を取り込んで吸収して成長するのじゃ! 更に! 生物に留まらず、無機物も取り込める! 極めつけは"力"を直接吸収する事も可能なのじゃ! どうじゃ! 凄かろう! さぁさぁ、お主の吸収と、このスライム21号、通称スッチーとどっちが勝るかのぅ! さぁ早う! 早う試してみるのじゃ!」
怪訝なゼント。対するリンドは、満面の笑顔。
そして早口で長文を捲し立てる。
心拍数も上がっているのか、真っ白な肌も紅潮している。
「ま……まぁ……そんなに言うなら……」
ドン引きながらも、勢いに気圧されたのか、ゼントは断らない。
この実験に関しては、ゼントにも確かに打算はあった。
(自分でもどこまでの事が出来るかはしっかり把握出来てはないしな。能力の把握は大事ではあるか……。とはいえ、このスライム? に恨みも殺意も無いんだがな……。)
最初は石から始まり、植物を経て、遂には謎の合成生物だ。
実験は、既に十を越していた。
今のところ、無機物の吸収は出来ないという事が判明している。
(うーん……。素手だったらあまり触りたくない見た目だな……。)
ヌメヌメに手を伸ばすゼント。
動作はとてもゆっくりだ。
触れるかどうかの距離で、その手は黒霧に変わる。
黒霧に包まれていくスライム。
「ほおぉ〜」
その様子をまじまじと見詰めながら、気の抜けるような声を漏らすリンド。
「……出来たようだ。」
黒霧になっていた手は、ふわりと元の形状に戻った。
「おおぉぉ〜!? スッチー!! なんという事じゃ! そんなあっさり逝ってしまうとはぁ〜〜!!」
頭を抱え、そして項垂れるリンド。
(いや、アンタがやれと言うからじゃ……)
ゼントは少し困惑する。
が、少し違和感に気付いた。
(ん……? スライムは、無機物も吸収出来るんだったか……? 何か……今なら出来そうな気がするな。)
そして思案する。
(吸収能力同士だったから、統合されたのか……? いや、純粋にあのスライムの吸収能力が足された可能性の方が高いか? オーズを吸収した事で、記憶やらを得ているしな。しかし……これは……)
実際に何度か実験を繰り返したゼントは、驚愕した。
(スライムの吸収とオレの吸収ではかなり性質が違うみたいだな。なんというか……オレの吸収は……随分殺意が高い能力だな。)
スライムの吸収は、消化吸収。
外側から少しづつ溶かしていくイメージだ。
対して黒霧の場合は、分解吸収といった感じだった。
神力にそして細胞に直接作用するようだ。
「ぐう……オーズ君! 次はこれじゃ!」
リンドはぐうの音を出しながら、光る宝石の様なものを差し出した。
「これは……?」
別の事を思案していたゼント。
不意の事だったが、オーズの記憶にはその石の知識があった。
「要石……か。」
神力が結晶化したものといわれているそれは、様々な種類が存在している。
力場付近で発見されるものや、怪物や獣から獲れる事もある。
大きい物、高密度の物、不純物の無い物などが貴重とされているようだ。
"加工"をちゃんとしていないと、暴発する事もあるらしい。
「そうじゃ! これは高密度の水の要石じゃ! 大きさはそこまで無いがの、暴発すればこの部屋ぐらいは簡単に水没するくらいの力を秘めておるぞ! どうじゃ? こいつに勝てるかの〜?」
自慢のスライムの復讐でも始めたのだろうか。
リンドは危険な香りが漂う発言をする。
(いや……勝てるかって……。いつから勝負になったんだ……? しかもそれ、負け? たら部屋水没って……大丈夫なのか?)
困惑しながら、ちらりと壁際に目線を送るゼント。
本棚が目に映る。
そこには、立派な背表紙の分厚い本が並んでいる。
年季も入っていそうなものばかりだ。
先程の無生物実験の時に、その中から一冊取り出して、見事に駄目にしたのは、ゼントの記憶に新しいのだ。
(まぁ……やるだけやってみるか。)
覚悟を決めるという程でもなく、言われるがままという方が正しいのだろう。
ゼントは要石を手に取る。
そして静かに目を閉じた。
この何気無く"手に取る"行為も、実験を始めた最初は上手く出来ずにすり抜けてしまっていたが、数度の試行錯誤で可能となっていた。
掌に包まれた要石は、次第に黒霧の中に消える。
「……問題無さそうだ。」
ゆっくり目を開けるゼント。
拡げた掌には何も無い。
「なあぁあっ! なんじゃと! スッチーですら持て余しておったものを……!! あっさりと……!!!」
膝から崩れ落ちるリンド。
ダンダンと床を叩く。
その整った顔を歪ませているのは、悔しさからなのだろう。
(自分でやれと言ったわりに、随分悔しそうだな。何故やらせたんだ……? おかしな人だな。これがカルチャーギャップというものか?)
頼み事という"利用"をされるばかりだった"善人"の常識には馴染みの無い事で、そのリンドのリアクションに困惑するのだった。
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