1.1 - 召喚 【ミッドガルズ : オーズの暴走、漂う闇】
善人回
「では次! オーズ君。力場前へ。」
石造りの建物に谺する声。
長めの茶色いウェーブがかった髪をした、青年ほどの歳頃の男、ラウムだ。
エウローン帝国学園で教師をしている。
生徒と思しき少年に声を掛けた。
呼ばれた生徒は、オーズ・ノート・ヘルグリンド。
ノート家の嫡男である。
「俺様の番か!」
意気揚々とした様子で、肩をいからせながら、ずいと人垣を押し退けるオーズ。
端的に表わせば、"偉そう"な態度である。
だが、彼にしてみれば、その行動に何の迷いもない。
オーズは、エウローン帝国傘下、ヘルグリンド王国の王族に連なる、ノート家という地位の高い家柄だ。
その地位に溺れているのか、粗暴でいて横柄であり、さらに歪んだ性格をしていた。
艶のある黒髪に、切れ長の紅い瞳で、長い手脚に長身、スラリとした体型。
と、容姿だけは非常に整っているのだが――
周囲には密かに『一見様』などと陰口を叩かれ、残念な扱いを受けている。
オーズはそれが許せない。
「クソ共が……見てやがれ」
オーズは、ずかずかと歩きながら、心中に負の感情を募らせていた。
とにかく周囲の連中に思い知らせてやりたいのだ。
「俺様の凄さを見せつけてやるぜ……!」
オーズは、力場と呼ばれる円の前へと歩み出た。
今は、召喚術の授業中である。
力場に働きかけ、この世界の何処か……または別世界の何処かから、大いなる力を持った"召喚獣"と称される存在を呼び寄せ、使役する。
それが召喚術だ。
今日の召喚で、より強力な召喚獣を得て、己が力を見せつける腹積もりなのだ。
「オーズ様ならすんごいの喚ぶのなんて、楽勝っすよね!」
オーズにも、その地位に相応しく、子分や取り巻きのような者は居る。
軽口を叩いて太鼓持ちをするのは、オーネスだ。
名前が少し似ているというのをネタに、上手いこと取り入ったのだ。
「うるせぇよ。黙って見とけ。」
煽てるオーネスに、オーズは吐き捨てるように答えた。
こういうのが格好良いと思うお年頃なのか、もはやそういう人間なのか。
他の生徒達は、寒々しい視線を向けている。
だが、オーネスは将来的な甘い蜜を諦めるつもりは更々無い。
「すんませーん! オーズ様の勇姿、黙ってしっかり目に焼き付けまっす!」
軽薄な笑顔を貼り付けたまま、大仰な身振りで、オーネスは礼を取った。
力場は、光の粒が揺らめき、淡く輝いている。
オーズは、目を閉じた。
内なる力を解放すべく、身中に集中する。
やがて身体から湯気のように、何かが湧きたった。
黒い粒だった。
(クソ共が! 俺様の力を見せてやるぜ!)
「はあぁぁぁー!!!!」
オーズの身体から湧き出る黒い粒は、気合いを込めると、稲妻のように迸り、バチバチと音を立てた。
「俺様の……! 声に……! 力に……! 応えろおぉぉおぉ!!!!」
オーズの発した黒い稲妻は、力場の光に吸い込まれるようにして、力場の中心へと集まっていく。
次第に大きくなるそれは、球状に変化した。
「うおおおおぉ!!!!」
更に力を込めるオーズ。
血管も浮き出て、必死の形相だ。
力場中央の黒球は、圧縮されるように小さく小さくなっていった。
やがて、小指の先ほどより小さくなったかという瞬間。
ボンッという破裂音が響いた。
「む、なんだあれは」
力場の中央には、黒い霧のようなものがある。
黒球が破裂し、拡散したのだろうか。
だが、それならば留まっている事がおかしい。
自身の知識では計り知れない現象に、怪訝な表情を浮かべるラウム。
対してオーネスは、
「さっすがオーズ様! 成功っすね!」
と、喜びを表している。
他の生徒達は、
「何あれ……」 「見た事ない……」 「え、なんか怖……」
と、口々に嫌悪感や恐怖を漏らした。
戦々恐々とした様子だった。
「はぁ……はぁ……はぁ……。よし、来たか……」
オーズは肩で息をしながらも、力場に現れたものを、しっかりと見ている。
それは、ただの黒い霧ではなかった。
書物でも、伝え聞いた話にもない、人型に見える黒い霧だ。
明らかに謎の存在ではあるが、それも自分らしいと思った。
見た目には不気味さも相まって、強そうなのだ。
概ね満足といえた。
後はこの謎の存在を調伏し、使役出来るようにしなくてはならない。
「貴様は、なんだ? どんな力を持つ? ……まぁ、俺様に従える事は幸せだと思うことだな!!!!」
息を整えながらも、自信に満ち溢れていたオーズ。
彼は16年という人生で、最高潮の気分だった。
今まで見てきた生徒達の召喚獣は、ちんけな雑魚だった。
目の前の存在に比べれば、教師が喚んだ召喚獣すら雑魚だ。
自分が喚んだ召喚獣からは、空気が震えるような圧力すら感じる。
他の奴らとは比べ物にならないのだ!
遂に報われる時が来たのだ! と。
だが、そんな自信はすぐに打ち砕かれる事になる。
「跪け! 平伏せッ! 火槍!」
オーズの前に構えた手から、細長い炎が飛び出し、黒い霧を襲った。
が……
「な、なに?!」
炎は、黒い霧に吸い込まれるようにして消えてしまった。
「……ア……アァ……ワタ……シ……イ……ヤ……オレ……ハ……」
炎を全く意に介さない様子だった黒い霧が、声を発した。
それに驚愕したのは、ラウムだ。
「喋っただと?! これは……相当に強大な存在だぞ……。
まずいな……。オーズ君! 気をつけるんだ! 無理をするな! 送還するべきかもしれんぞ!」
ラウムの知識としては、はっきりと話す召喚獣は強力過ぎて危険だという認識だ。
往々にして、人の手に負えるものではないのだ。
自身が喚べる召喚獣も、会話による意思疎通は出来ない。
こんなものを調伏など出来るのだろうか。
不安が募る。
だが、オーズはそんな忠告を聞き入れるつもりはないのだ。
「うるせぇよ! 送還なんかするか! 見てやがれ!」
火槍が効かなかった事で、一瞬怯んだオーズだったが、気を取り直したのか、その顔がにやりと不敵に歪んだ。
「炎が効かねぇんならよ……」
オーズは腰に提げていた剣を抜き払った。
「こいつはどうだァアア!!!!」
黒い霧に一足飛び。
勢い良く肩口へ斬りつけるオーズ。
その剣は力を帯びて、輝いていた。
ブォンッ! という派手な風切り音。
黒い霧は、確かに目の前に居る。少しも動いてはいない。
斬りつけたはずの剣。手応えはない。
ただ虚しくすり抜けただけだった。
「は……? な……な……」
動揺を隠し切れないオーズ。
震えがくる身体。
「う……うああああああああ!!」
叫んだ。
そして、やたらめったら、無茶苦茶に、無我夢中で剣を振り回した。
それはもう――剣術などというものではなかった。
「オーズ君! 止めるんだ! 他の生徒たちは逃げろ!」
ラウムの声が響くが、オーズには届かない。
「あああ……くそ……クソっ……なんで……なんでだ!!!!」
引き攣った形相で、必死に震えに抗いながら、剣をぶんぶんと振り回し続けている。
生徒たちは、我先にと出口に向かい走り出した。
「……ウ……ア……メッ……メッ……」
黒い霧は、譫言のように、時折何かを呻く。
「ああああああああぁぁぁ!!!!」
オーズはもうパニックを起こしていた。
叫びながらただただ剣を振り回す。
「ちょ……オーズ様?! やばくないっすか?!」
腰が引けたまま、かなり遠くからオーネスが声を掛けるが、届くはずもなかった。
オーネスは、将来の甘い蜜を期待をしていたが、それだけでもあった。
反応すらしないオーズを置いて、避難する事を選んだようだ。
「オーズ様も早く逃げた方がいいっすよ!」
その言葉を最後に、オーネスは部屋を飛び出した。
「メッ……サ……」
呻くだけだった黒い霧が、何かを呟き、突如動いた。
その動きは、ゆっくりだったのか、速かったのか、分からない。
いつの間にかオーズは、黒い霧に呑み込まれるように包み込まれていた。
「ま、不味い……! 光弾!!」
ラウムが光の弾を放つも、黒い霧に触れた瞬間、飲み込まれるように、光は消えた。
……部屋の中には、もう黒い霧とラウムしか居ない。
ラウムは、思案する。
この謎の召喚獣は何なのか。
何故炎や光などの力が効かないのか。
それがこの存在の能力なのだろうか。
だとすれば、剣も効かない以上、打つ手が無いのではないか……。
ラウムは、絶望感を覚えた。
「う……あ……」
再び黒い霧が呻く。
人型の手に見える部分で、頭らしき所を押さえて、左右に振っている。
それは、人間らしい仕種だった。
(ん……? ここは……?)
黒い霧は、顔らしきものを上げ左右を見回した。
(……ああ、そうか)
黒い霧は、理解した。
自身が、円間善人と呼ばれた人間の成れの果てだった事を。
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