1.19 - 狩の後には 【エウローン帝国 : ゼントの長い二日目】
前回の話 : もしかして、熊……知らないのか?!
初の狩りが"熊狩り"という大仕事になってしまったゼントだった。
「いやいや、中々やるもんだよアンタ。こりゃ大物だねぇ!」
アリエンティは、ゼントの成果を労いつつ、鼻歌交じりに上機嫌の様子で、絶命した熊を木に吊るそうとしていた。
かなりの太さのロープを熊に括り付けている。
「さっさと血抜きしないと、熊は臭くて食えなくなるからね。ほら! アンタらも手伝うんだよ!」
「ああ。」 「おお、すまねぇ。」
ゼントとヴァラスはいそいそと手伝った。
熊はかなりの大きさで、800㎏程度はありそうだった。
普通であれば、そんな重量物を持ち上げるなど、3人程度では不可能だ。
「ああ、アリエンティ、一応こんなのがある。」
ヴァラスは中々に用意周到な男なのだが、滑車のように使える回転軸を鞄から取り出した。
高い場所のどこかに繋ぎ止めれば、作業は格段に楽になるだろう。
「お、ヴァラス〜。さすがに準備がいいじゃないか。どっかいい感じのところに付けてくれ。」
「ああ、さすがに鹿のようにどこでもいいというわけにはいかなさそうだ。少し探す。」
ヴァラスは、周囲を探りに行った。
「おいおい、オーズ〜。お前さん、不器用か? ほら、こうやって結ぶんだよ。そんなんじゃスッポ抜けちまうよ。」
「……こうか?」
「いや違う、上から通して……返して……こう!」
「……む。」
ゼントはロープ結びに苦戦しているようだった。
「アンタ、力術はいいけど、こんなのはからっきしみたいだねぇ。あっはっはっ!」
そう言いながら、アリエンティはバシバシとゼントの背中を叩いた。
(……アリエンティも、随分と人との距離感が……。オレとは違いすぎて、分からないな……。ロープもだが……)
ゼントは、戸惑う気持ちもあるようだが、それとは関係なくあまり器用ではないようだった。
「アリエンティ。設置完了だ。」
ヴァラスが音も立てずに戻ってきたようだ。
「お、そうかぃ。こっちも……いけるよ。近くかぃ?」
「ああ。おそらく……そのロープなら足りるだろう。」
「よし。じゃあ行くか!」
アリエンティは、ロープの端を持って、ヴァラスの設置した回転軸の場所まで行くと……
「む、アレか。」
先端を結び、少し重くすると、グルグルと勢いよく振り回し、回転軸に向かってビュンッと投げた。
「おっし! いいねー。調子いいよー。あっはっは!」
アリエンティはどうにも上機嫌のようで、何が面白いのか酔っ払いのように笑っていた。
実際にコントロールはかなり良いようで、回転軸の反対側には見事にロープがぶら下がっていた。
「おっし! オラ、男衆! 張り切って引っ張んな! アタクシはか弱いレディ様だからね! あっはっは!」
「随分上機嫌だな、アリエンティ。」
「そりゃ、今夜はご馳走だかんね! とれたて新鮮じゃないと、熊の肝は食えないからな! こんなこともあろうかと、ちゃんと酒持ってきてんだ! あっはっは!」
「そ……そうか……。まさか、最初から熊を狩らせるつもりだったのか……?」
「あーん? アンタが新人連れてくるっつーからさ、試してやろうとは思ってたけどねぇ。まさか狩れるとまでは思ってなかったさ! どーせ尻まくっちまうんだろうと思ってたんだけどねぇー。まさかまさかだよ! あっはっは!」
「おお……そうか……。でも一応言っといたろう? 流れ者のアジトを潰した奴だと。」
「そりゃ聞いたけどさ。狩りと戦闘じゃあ別物だろ。」
「まぁ……そりゃそうか。」
「だろ? ほらほら、もっと気合い入れて引っ張んな! よっ……せーのっ!」
アリエンティの掛け声で、一気に力を込めて引っ張る3人。
ズズズッと音を立てて、巨熊はだんだんと近づいてきて……
「おーらよ! っと!」
ついにはブラリと巨木に吊るされた。
「よしよし。オーズ! ここ持ちな!」
「ああ。」
「んで、落とさんように、幹にぐるりと……で、こう通して、こうだ! どうだ? わかったか?」
(……むう。1度では覚えられそうにないな……。)
「なんだぁ? ずーっとシケたツラしてっけど。ま、分からんかったんなら、ヴァラスにでも教えてもらうんだね! ほら、さっさと首落としな!」
「あ、ああ。……2人とも、少し離れてくれ。」
――バシュッ!!
ゼントは、2人が離れたのを見計らうと、超高圧放水で熊の首をカットした。
「あっはっは! すんごいなぁ、ソレ! 見たことねぇや! あっはっは!」
吊られた熊からは、ボタボタと血が垂れ始めていた。
辺りには、鉄臭さのある生臭い臭いが充満し始めている。
嗅覚というものは、人の記憶として残りやすいものだという話があるくらいに、その場を支配する力がある。
ましてや、血と臓物の臭いなどという"死"を直接的に想起させる臭いなどは、嫌悪感を覚え、忌避するものである。
それは、"狩られる側"の生物としての生存本能に根差したものなのかもしれない。
ゼントにしても、オーズにしても、こんな現場には慣れていないのだが、随分とあっさりしたものだった。
黒霧の身体には、最早関係のないことなのだろう。
そんな中で、アリエンティは……いそいそと内臓を取り出しにかかっていた。
「ほーら、これこれ。あ、アンタら、これは引率料だかんな?」
肝を取り出す瞬間まではニコニコと笑っていたアリエンティだったが、急に真面目な顔をして、そんな事を言った。
「俺は別に構わんよ。持っても帰れんもんだしな。」
だが、ヴァラスとしては、金になるものか、持ち帰ってガキどもの食料に出来るものしか興味はないのだ。
「……オレも……別に……」
ゼントにしてみれば、最早食事の必要がない……ということもだが、黒霧の身体に味を感じる機能は無かったのだ。
鉄鋼団の依頼でもなければ、食料を得るための狩りすら必要がない。
味覚も本来は生存を左右する機能であるが、今のゼントには通常の生物が持つべき機能がないのだ。
果たしてそれは……"生きている"と言えるのだろうか。
だが、それでもゼントは生きているのだ。彼には記憶があり、意思がある。
「へー。そうかい。後からくれっつってもやらねーからな? よし、じゃあ……このへんでいいな。オーズ。火ぃつけてくれ。」
アリエンティは、素早い動きで薪を組んでいた。
「ああ。」
――ボッ!!
ゼントは、小さめの火槍で、薪に火をつけた。
「おしおし。これはこうして……こっちはこうで……」
アリエンティは、夢中で熊の肝を切り分けているようだった。
「おし! アンタら! アタシはこれから少し忙しい! 解体は……逆に運び辛いけど、やっちまっとくかい?」
「いや、内臓と首と血液がなければ、少しは軽くなるはずだ。簡易の荷車でも作るさ。」
「おーおー。器用なこった。ま、アタシは一杯やってるからよ!」
「はっ、どうぞどうぞ。さて、オーズ。とりあえず材料集めからだ。手伝ってくれ。」
「ああ。」
ヴァラスに付いて、ゼントは材料集めに行くようだ。
幸いなことに、この森は材料には事欠かない。
きちんと乾燥した状態の倒木が存在するのだ。
ヴァラスはその在り処をある程度把握している。
ヴァラスは、いつもであればこんな大物を狩る事がない。
そのため、移動用に使えるものは持ってきてはいなかった。
だが、今日は予定外の大物狩りで、ゼントもいる。
ゼントとヴァラスの能力が合わされば、荷運び用の道具を取りにいくよりも、作った方が早いと判断したようだ。
サクサクと森の中を進むヴァラスを追って、ゼントは黙々と歩くのだった。
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