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最後のプレゼント  作者: 戌山卓
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健司の声は、どこまでも穏やかで、恋人としての温もりを感じさせるものだった。しかしその裏側では、別の感情が冷ややかに蠢いていた。


彩花の瞳の動き、呼吸の変化、ほんの僅かな頬の緊張――彼はそのすべてを見逃さず、計画が予定通りに進行していることを確信した。

彼女が手にしたプレゼントを眺める時間が長くなるたびに、彼は思った。


(悪くない。反応は上々だ。後は最後の仕上げ……)


そんな彼の思惑を裏付けるかのように、彩花はふと顔を上げ、じっと彼を見つめた。

その目には、戸惑いとも好意ともとれる曖昧な感情がにじんでいた。

彼の柔らかな笑顔と、かつて喫茶店で背後に座っていた――物憂げな雰囲気の青年の顔が、少しずつ重なっていく。

頭の片隅で、ひっかかっていた違和感がチリチリと絡みつく。


あの日、親友の真理と語り合っていた午後。

無防備に言葉を交わしたあの会話。

後ろの席にいた男性――新聞を読み、時折こちらに視線を投げていた、あの男の存在。

その人物の記憶と、目の前のこの“彼氏”の姿が、不気味に一致していく。


(……まさか、あの時から?)


そして、さらに――

テレビのニュースで見た殺人事件。

犯人は依然不明で、犯行の痕跡も残さないという。


女子大生が行方不明のニュース。あれは確か、被害者の誕生日で……ストーカー被害にあっていて……。


情報の断片が、彼女の内側でつながり始める。


(私ってバカ。きっと考えすぎよね……)


彩花は静かに微笑んだ。まるで何事も気づいていないかのように。


「メガネかけてみてもいい?」


彩花の訊ねる声は、落ち着いていた。むしろ、優しさすら滲んでいた。


彼は少し首をかしげながらも、うなずく。

「もちろん。君に似合うって、思って選んだんだ」

彩花は丁寧にメガネを手に取り、そっと顔にかける。

その瞬間――視界が歪んだ。

焦点が合わない。景色がぐにゃりと曲がる。


(……え? これ、度入り? 私、視力悪くないのに……)


軽い眩暈のような感覚。

まるで脳の奥を撹拌されるような不快なぼやけ。

彩花はふらつきそうになるのをこらえて、表情だけは笑顔を保った。


「どう? 似合ってる?」

彼女の声は、ほんの少しだけ震えていた。

「うん。とても、似合ってるよ」

彼の声は、やさしく、ゆっくりとした調子でそう返してきた。

そして――


彼は静かに動いた。

ゆっくりと彼女の頬に手をかざし、顔を近づけていく。

そしと、彼女の首筋に触れる。


その質感はあまりにもやわらかく、そして、決定的だった。


「ごめんね」


そう呟いたのは、誰だったのか。彼だったのか。あるいは――彼女自身だったのか。

そして、彼の手に力が込められる。

そのまま、息が詰まるまで。


彩花の手が、静かに彼の手首を掴む。

「……ねぇ、苦しい……」


さらに彼は手に力をこめていく。彼女の息がしっかりと止まるように。


今度は、彼の手首を強く掴み、彩花が彼の眼をじっと見つめる。


掠れるような、凛とした声で彩花は言い放つ。


「そうやって殺すつもりだったの?」


彼の手が一瞬、止まった。

その刹那、彩花の唇に浮かんでいたのは、冷たい笑みだった。

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