5
健司の声は、どこまでも穏やかで、恋人としての温もりを感じさせるものだった。しかしその裏側では、別の感情が冷ややかに蠢いていた。
彩花の瞳の動き、呼吸の変化、ほんの僅かな頬の緊張――彼はそのすべてを見逃さず、計画が予定通りに進行していることを確信した。
彼女が手にしたプレゼントを眺める時間が長くなるたびに、彼は思った。
(悪くない。反応は上々だ。後は最後の仕上げ……)
そんな彼の思惑を裏付けるかのように、彩花はふと顔を上げ、じっと彼を見つめた。
その目には、戸惑いとも好意ともとれる曖昧な感情がにじんでいた。
彼の柔らかな笑顔と、かつて喫茶店で背後に座っていた――物憂げな雰囲気の青年の顔が、少しずつ重なっていく。
頭の片隅で、ひっかかっていた違和感がチリチリと絡みつく。
あの日、親友の真理と語り合っていた午後。
無防備に言葉を交わしたあの会話。
後ろの席にいた男性――新聞を読み、時折こちらに視線を投げていた、あの男の存在。
その人物の記憶と、目の前のこの“彼氏”の姿が、不気味に一致していく。
(……まさか、あの時から?)
そして、さらに――
テレビのニュースで見た殺人事件。
犯人は依然不明で、犯行の痕跡も残さないという。
女子大生が行方不明のニュース。あれは確か、被害者の誕生日で……ストーカー被害にあっていて……。
情報の断片が、彼女の内側でつながり始める。
(私ってバカ。きっと考えすぎよね……)
彩花は静かに微笑んだ。まるで何事も気づいていないかのように。
「メガネかけてみてもいい?」
彩花の訊ねる声は、落ち着いていた。むしろ、優しさすら滲んでいた。
彼は少し首をかしげながらも、うなずく。
「もちろん。君に似合うって、思って選んだんだ」
彩花は丁寧にメガネを手に取り、そっと顔にかける。
その瞬間――視界が歪んだ。
焦点が合わない。景色がぐにゃりと曲がる。
(……え? これ、度入り? 私、視力悪くないのに……)
軽い眩暈のような感覚。
まるで脳の奥を撹拌されるような不快なぼやけ。
彩花はふらつきそうになるのをこらえて、表情だけは笑顔を保った。
「どう? 似合ってる?」
彼女の声は、ほんの少しだけ震えていた。
「うん。とても、似合ってるよ」
彼の声は、やさしく、ゆっくりとした調子でそう返してきた。
そして――
彼は静かに動いた。
ゆっくりと彼女の頬に手をかざし、顔を近づけていく。
そしと、彼女の首筋に触れる。
その質感はあまりにもやわらかく、そして、決定的だった。
「ごめんね」
そう呟いたのは、誰だったのか。彼だったのか。あるいは――彼女自身だったのか。
そして、彼の手に力が込められる。
そのまま、息が詰まるまで。
彩花の手が、静かに彼の手首を掴む。
「……ねぇ、苦しい……」
さらに彼は手に力をこめていく。彼女の息がしっかりと止まるように。
今度は、彼の手首を強く掴み、彩花が彼の眼をじっと見つめる。
掠れるような、凛とした声で彩花は言い放つ。
「そうやって殺すつもりだったの?」
彼の手が一瞬、止まった。
その刹那、彩花の唇に浮かんでいたのは、冷たい笑みだった。