表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最後のプレゼント  作者: 戌山卓
3/6

夜の帳が下り、静寂が街を包み込む頃。健司(けんじ)は部屋の灯りを最小限にして、ノートパソコンの電源を入れる。パソコンの画面からの光だけがぼんやりと彼の顔を照らしていた。カチッというクリック音が、無音の空間に乾いた音を響かせる。


画面には、既にいくつもの検索履歴が並んでいた。

「メガネ 赤黒」

「レディース おしゃれ 伊達メガネ」

「ギフト包装あり」

「小顔 メガネ 似合うフレーム」

「ブランド 女性 誕生日プレゼント」


彼の脳内には、彩花の言葉と顔立ちが鮮明に焼き付いていた。カフェで交わされた何気ない会話の一言一句が、手元の検索と寸分違わず一致するように並んでいく。複数の通販サイトを巡回しながら、レビューのひとつひとつに目を通す。


「写真と違って色が濃すぎた」

「軽くて長時間かけても疲れない」

「プレゼント用に購入しましたが大変喜ばれました」


購入者の年齢層、使われているフレーム素材、サイズ感、実際にかけた際のバランスまでを、彼はまるでデータ処理のように頭に刻んでいった。時おり、パソコンの画面から目を離し、スマートフォンを取り出しては彩花の写真フォルダを開く。


カフェでの自撮り、どこかの風景の中でふと撮られた横顔――そのすべてを拡大し、角度を変え、照明の具合まで計算するようにじっと見つめた。


「この頬のライン……眉と目の間の距離……輪郭の丸み……」


彼の目は血走っていた。集中というよりは、執着にも似た何かがそこに宿っていた。

彼女が一番魅力的に見える瞬間をイメージし、その姿にぴたりと似合うメガネを探し出す作業。

それはただの買い物ではなく、儀式に近い行為だった。

無数の商品写真を何度もスクロールしては戻り、価格とレビューを比較し、ついにはある一本にたどり着く。

それは、フレームの外側が深い赤、内側が艶のある黒で彩られた洒落たデザイン。

彼女が「派手なのがいい」と言った、その言葉がぴたりと当てはまる一本だった。


彼は小さく頷いた。

「……これでいいだろう。いや、これしかない。完璧だ」


そして、次の瞬間には、彼女の反応を脳内でシミュレーションしていた。


彼女は笑顔で箱を開ける。思わず手を口元に当て、「えっ……これ、すごい……!」と驚きの声を上げる。

そしてメガネを手に取り、彼に向かって柔らかく笑いながらこう言うのだ。

「あなたってほんとに……私のことをよく理解してるのね」

その言葉を受けた時こそが、彼にとっては至福の瞬間になるだろう。


その想像に浸りながら、彼はラッピングのサイトを開き、包装紙の柄とリボンの色を吟味しはじめた。

「どうせなら、あいつが“自分で選んだ感”も少し出しておくか……いや、それは不要か。サプライズは、“私のために選ばれた唯一の一点”って思わせなきゃ意味がない」

自問自答しながら、彼は深く座り直し、口元に笑みを浮かべた。


「ふふ……それから、だ。俺がこのプレゼントを渡した“あと”が、本番……」

呟いた声は、静かな部屋の中に沈むように響き、すぐに吸い込まれていった。

「彼女の瞳をまっすぐに見つめながら……声をひそめて、静かに。あぁ、そうだ、静かにだ」

彼は両手を組みながら、何度も頷いた。


数日後、彼の一室にある棚の上には、ラッピング済みの小さな箱が置かれていた。

それはまるで、運命の歯車を回すトリガーのような存在感を放っていた。

中には、彼女の趣味に寸分違わぬよう選び抜かれた――

赤と黒の、完璧なメガネが。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ