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最後のプレゼント  作者: 戌山卓
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「……続いてのニュースです。都内で相次いでいる猟奇殺人事件について、警視庁は連続性のある殺人事件であることを視野に捜査を進めています。被害者はこれまで5人に上っており、いずれも首を絞められて殺害されたのち、内臓を切り抜かれていたとのことです。また、現場には血痕以外の痕跡が残されておらず……」


「次のニュースです。〇月〇日から東京都の私立大学に通うシノザキユカさんが外出したきり行方不明とのことで警察へ通報がありました。その日はシノザキさんの誕生日であり、交際相手の男性と外出する旨を両親に連絡していたとのことです。一方で、シノザキさんにはストーカー被害の通報があったことから、警察ではストーカーとみられる人物の行方を追っており……」


薄暗い喫茶店の一角に置かれた、角の剥げた小さなテレビから、ニュースキャスターの低く乾いた声が漏れていた。その音は、まるで店内の柔らかな空気を切り裂く刃物のように、静けさの中に異質な緊張をもたらしていた。夕方前の店内には、窓から差し込む陽光がカーテン越しにこぼれ、くすんだ木製の床や椅子の背もたれをやさしく照らしている。スプーンがカップに触れる微かな金属音、誰かのくしゃみ、遠くから微かに聴こえる車の音。そんな日常的な音たちの中で、テレビから発せられる「殺人事件」「行方不明」という単語だけがまるで浮いているかのような空間だった。


窓際の丸テーブルには、20代後半と思しき女性二人が向かい合って座っていた。一人は、明るくはあるがどこか内向的な雰囲気をまとった彩花(あやか)。ナチュラルメイクに控えめなアクセサリー、笑顔は柔らかいが、その奥の瞳にはどこか空虚な光を宿している。もう一人は、その対照のように軽やかで、声も表情も明るくはじける真理(まり)。二人はアイスラテを手にしながら、日常のどうでもいい話を交わしていた。そんな会話こそが、彼女たちの友情の証でもあった。


「最近の事件、ほんと怖いよね」と、真理がストローの先に口をつけながら言う。ストローから唇を離し、氷を混ぜる僅かな音が店内に響く。


「そうね。事件に巻き込まれるようなことはないと思うけど、まあ……私たちも気づかぬうちに……」と彩花はどこか達観したように笑う。だがその笑顔は、ほんの一瞬、影を帯びたようにも見えた。


彩花と真理は高校時代からの親友で、互いの些細な癖も覚えているほどの仲だ。卒業後はそれぞれ違う道を歩んだが、月に一度はこの喫茶店で顔を合わせ、くだらない話を繰り返していた。この店は、二人の家のちょうど中間に位置する駅から歩いて数分の場所にあり、社会人になっても互いのライフスタイルを崩すことなく、学生時代のような気軽な感覚で会える場所の一つだった。


この喫茶店は、いつ訪れても店内は混み合うことなく、年季の入ったソファや静かな照明、飾られた古い映画のポスターたちが、時間の流れを少しだけ遅くしてくれる。BGMは控えめで、テレビのニュースが聞こえるほどには静寂が保たれており、彼女たちのような落ち着いた客層にはちょうどよかった。


今日もまた、彼女たち以外には、文庫本を読む男性、タブレットを操作しているサラリーマン、そしてカウンターで談笑している老夫婦の姿が見える程度だった。


その静けさの中で、テーブルの奥、少し離れた場所に、ひとりの青年が座っており、新聞をかかげていた。彼の顔は見えないものの、新聞からはみ出すような形で薄手のシャツに整った髪型が見える。そして物腰柔らかそうな雰囲気を醸し出しているのがわかった。その人は彼女たちの会話の間、ずっと目の前の新聞をじっと見つめているのが逆に奇妙とも言える振る舞いであったが、談笑する二人にとっては気にするようなものでもなかった。


青年の意識は、新聞の文字を追いかけるよりもずっと近くにある会話の内容に向けられていた。彼女たちの声を、まるでレコーダーのように正確に拾い、一言一句を頭の中に記録していく。表情は変わらず穏やか。だがその瞳の奥には、固い決意に支えられた思惑が隠されていた。

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