旦那様は、私の全てが嫌いらしい
ピアノを弾き始めると、その世界に入り込んでしまう。はじめこそ緊張したものの、一旦弾き始めた私は強かった。意外にも動くこの指で、前世のようにピアノを奏でる。そして、聴いたこともないキラキラの音色がホールに響き渡った。
後ろに立っているアンドレ様の気配を感じる。彼は何を思っているのだろう。私が弾き終えると、貶されたりするのかな。「私の大切な時間を使わせるな」なんて言って。
でも、お願いを聞いてくださっただけで大収穫だ。
思わずにやついてしまう私だったが……曲の途中でアンドレ様は足早にホールから出て行ってしまった。遠ざかっていく足音を聞きながら、深く反省した。
(多忙なアンドレ様の邪魔にならないように、もっと短い曲にするべきでした)
扉が閉まる音と同時に、ピアノから手を上げる私。すると、心配そうな顔をしたマリーとヴェラが駆け寄ってくる。
「リア様!」
顔を歪めてマリーが告げる。
「将軍はいつもあの調子ですから、気にされないでください!」
マリーとヴェラは、酷く私が落ち込んでいるとでも思っているのだろう。だが、意外にもダメージは少ない。最悪を想定していた私からすれば、上々の出来である。
「気にしていません」
私は笑顔で彼女たちに告げた。
「アンドレ様が少しでも聞いてくださって、私はとても嬉しいです」
突っぱねられると思っていた。侮辱されると思っていた。だけど、アンドレ様は少しだけ聴いてくださった。
私の反応に、マリーとヴェラは驚いた顔になる。そして、次第に哀れみの表情を浮かべる。私が強がっているとでも思っているのだろうか。
「二人とも!そんな顔しないでください!! 」
慌てて二人に告げていた。
「それにしても、先ほどの曲もとても素晴らしい曲でした!」
「リア様の手が残像みたいになっていて、魔術師かと思いました」
ヴェラの言葉に三人で大笑いする。
この館に来て、マリーとヴェラのおかげで楽しく過ごせている。今だって、二人がいなければさすがに落ち込んでいたかもしれない。
「将軍も実は驚いていたのではありませんか? 」
マリーは片眉を釣り上げて、面白そうに笑った。
「そうそう。私たちは後ろにいたから将軍の表情は見えませんでしたが、途中から震えていらっしゃいましたよね? 」
「えっ!? 震えていらっしゃったんですか?
まさか、私を本物の魔術師と思って震えられた……わけ、ないですよね」
私は本気で聞いたのに、二人とも目に涙を浮かべて笑っている。アンドレ様が震えていたことが、そんなにも面白かったのだろうか。
(だけど待ってください。
人がそのような場面で震えるのはきっと……)
「怒っていらっしゃったんだわ」
私は思わずぼやいてしまった。
「私が勝手なことをするから、アンドレ様はお怒りに違いありません」
(上々の反応だと思っていましたが、もしかして地雷を踏んでしまったのかもしれません……)
マリーとヴェラは楽しそうだが、今になって恐怖が湧き起こる。そして、アンドレ様に申し訳なくも思った。
私は、アンドレ様が震えるほど、好き勝手な行いをしていたのかもしれない。
この時、私が知るはずもなかった。
私のピアノを聴いているアンドレ様が、どんな表情をしていたのか。そして、部屋に戻ったアンドレ様が、その綺麗な口元を手で押さえ、震えていたことを。
いつも読んでくださって、ありがとうございます。
気に入っていただけたら、ブックマークと評価をしていただけると嬉しいです!
とても励みになっています!!