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なんと、ピアノが弾けるようです

 アンドレ様の足を引っ張らないように生活するといっても、日中することもなく暇だ。


「将軍の妻としての仕事はありませんか? 」


 目を輝かせてヴェラに聞いたが、本当にすることがないらしい。ヴェラが申し訳なさそうに何度も頭を下げるから、私のほうが申し訳なく思った。そして思った。


 (することがないのだったら、館の住人として、使用人の皆さんのお手伝いをしましょう)


 そこで私は、部屋のモップがけをしているマリーに言う。


「私にもやらせてください!」


 案の定、マリーに大慌てで拒否される。


「将軍の奥様に、掃除をさせるなんて考えられません!! 」


 だが、私だって負けない。


「ですが、皆さんと一緒にやりたいのです」


 マリーはヴェラと顔を見合わせる。そんな二人に頭を下げていた。


「お願いします……!! 」


 頭を下げられると断れないのだろう。マリーは申し訳なさそうに私にモップを差し出し、笑顔でそれを受け取った。


 貧乏男爵令嬢の私には、部屋の掃除なんて当然の仕事だった。使用人のいないブランニョール家は、爵位こそあれ、平民と同じような生活をしていた。身の回りのことは自分で行う。掃除、洗濯、炊事……

 だから私にとって、家事をすることは当然の日課だったのだ。


 慣れた手つきでモップをかける私を見て、マリーが心配そうに言う。


「リア様に掃除をさせたなんて将軍が知ったら、将軍はさもお怒りになられるでしょう……」


「いえ、大丈夫です」


 私は笑顔で答えた。


「アンドレ様は、私が何をしようと構われないでしょうから」


 そう言っておきながらも、少し惨めに思った。だが、これが政略結婚だと言い聞かせる。


「さあ、館をピカピカにしましょう!」



 広大な館を、私は勇んでモップがけをした。普段から使用人がピカピカにしているから、私が掃除したところで劇的に綺麗になったわけではない。だが、こうやって少しでも役に立てて嬉しかった。自分の存在価値を見出すことが出来た。


 モップをかけ、埃を落とし、拭き掃除をしていると、私はふと部屋の隅に置かれているものに気がついた。あまりにも広大な部屋に隠れるようにして置かれているものだから、こんなものがあることに全然気付かなかった。


「ピアノですね!」


 思わず駆け寄ると、笑顔のヴェラが教えてくれる。


「数年前に将軍が購入されたのですが、誰も使用せず……

 将軍は一体、どうしてこんなものを買われたのでしょう」


 (そうですね……確かにアンドレ様がピアノを買うなんて謎です。

 お金持ちの考えることは、分かりませんね)


 私は微笑んでいた。そして、引かれるようにピアノに近付き、その蓋を開いていた。




 前世私はピアニストを目指していた。だが、ブランニョール家にはピアノを買うお金なんてなかった。当然私は、今世ピアノに触れたことはない。だが、ピアノを見ると、前世の記憶が溢れて体がうずうずする。


「あの……弾いてみても、いいですか? 」


 全く弾けなかったりして。それも当然だ。今世では指のトレーニングなどしておらず、私の指は凝り固まっている。

 そして、今世でも貴族たちは音楽を嗜んでいる。貧乏男爵令嬢だった私が全くピアノを弾けないとなると、館の人たちは驚くかもしれない。そして、私を教養のない女だと思うかもしれない。

 それでも、ただ前世のようにピアノを弾いてみたかった……


「もちろん結構です」


 マリーが笑顔で告げる。


「このピアノはアンドレ様が購入されましたが、誰にも使用されていません。

 リア様が弾かれると、ピアノも喜ぶことでしょう」


「ありがとうございます!! 」


 私は満面の笑みでお礼を言い、ピアノの椅子に腰かけた。そして、その重い鍵盤をそっと指で押した。


 ピアノの音は、想像以上に澄んで綺麗だった。前世のピアノと同じだが、こんなにキラキラした音は聞いたことがない。その音色に心を打たれた私は、夢中になって指を動かしていた。凝り固まっていたはずの私の指はスムーズに動き、室内に澄んだピアノの音が響き渡る。まるで今の今までピアノを習っていたかのように、記憶の中にある曲たちが紡ぎ出された。


 清々しい気持ちで一曲弾き終えると、わーっと歓声と拍手が湧き起こる。完全にピアノの世界に入り込んでいた私は、はっと我に返った。


 (なんと、弾けました……)


 驚く私に、頬を染めたマリーが興奮気味に言う。


「リア様!なんてお上手なんですか!? 」


「まるで音楽家のようです!!」


 その言葉が素直に嬉しかった。前世では認められなかったピアノの腕だが、今世でこんなにも拍手喝采をもらえるなんて……


「ありがとうございます!」


 満面の笑みで答えると、ようやく気分が落ち着いてきたマリーが不思議そうに聞く。


「ですがリア様。それはなんという曲ですか?

 私はそのような素敵な曲を聴いたことがありません」


 マリーの言葉に、使用人たちは一斉に頷くのだった。


 それではっと思った。前世私が弾いていた曲たちは、この世界には存在していない。この世界にもこの世界の曲はあるのだが、前世のクラシック音楽に勝るものはないと思っている。その優雅さ、その繊細さ、その煌びやかさ、全てにおいて。


「もしかして、その曲はリア様が作曲されたのですか!? 」


 ヴェラが素っ頓狂な声を上げる。ここで私が首を縦に振ってしまえば、私はこの世界で偉大な音楽家としてもてはやされるに違いない。だけど、そんな勇気もなかった。


「いえ」


 私は笑顔で告げる。


「これは、私の故郷で有名だった曲です」


 故郷といっても、もちろんバリル王国ではない。だが、私の前世を信じる人もいない。

 私の言葉を聞き、


「バリル王国って音楽の都だったのですね!」


「素敵!」


皆は興奮するが、彼女たちを見て思ってしまった。


 (すみません……嘘をつくつもりはなかったのですが……)




 



いつも読んでくださって、ありがとうございます!

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