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アンドレ様と、彼女の仲

 それから私はピアノの猛特訓をした。前世のありとあらゆる知識と記憶を総動員して、音大時代の卒業コンサートばりに頑張った。指は腫れ上がり肩は痛む。だが、それをアンドレ様に知られないように必死で隠した。

 もちろんダンスの練習もした。アンドレ様に恥をかかせないために、だ。そのため、以前と同様に足も悲鳴を上げ始め、私は満身創痍だった。


 だが、私が曲を披露しても、お褒めの言葉はいただけるが、改善点は何も指摘されない。それはそのはず、この時代の音楽は進んでいないし……何より、私よりもピアノが出来る人は見当たらないからだ。それはそれで、自信を持ってリサイタルにも臨めるのであろうが……自信がない私は、不安で仕方がなかった。


 とうとう私は、本来教える立場のルイーズ殿下にも、ピアノを披露し始めた。ルイーズ殿下は喜んで聞いてくださるが、もちろんアドバイスなんていただけるはずもなかった。


「わぁー、リア先生、すごい!

 私もそんな曲弾きたいなぁ」


 満面の笑みでルイーズ殿下に言われ、逃げるように部屋を去ったのはいうまでもない。


 (私は腕を披露しに来た訳ではないのですが……)


 そして足早に宮廷を歩いていると、聴き慣れた声が聞こえてきた。低くて落ち着いたその声は紛れもなくアンドレ様で、その声に応えるように、甘くて高い女性の声がする。


「アンドレと話が出来て良かったわ。少し気持ちが落ち着いたわ」


 いけないと思いながらも、陰に隠れて声のするほうを見てしまった。するとそこには、いつものグレーの騎士服を着たアンドレ様と、豪華なドレスを着たマリアンネ殿下の姿があった。アンドレ様は後ろ姿しか見えないが、マリアンネ殿下は笑顔だ。きっと、アンドレ様も無表情ではないのだろう。胸が痛む。


「私も頑張らなきゃいけないわね」


「あぁ……」


 そして、アンドレ様の言葉に衝撃を受けた。まさしく、雷に打たれた気分だった。


「俺も話を聞いてもらえて良かった。やっぱりお前は昔からいい奴だな」


 (ちょ、ちょっと待ってください……

 殿下に向かってお前って……

 しかも、マリアンネ殿下も受け入れていらっしゃるようですし)


 私は倒れそうなのを我慢して、よろよろと壁にもたれかかる。

 それにしても辛い。状況は予想以上に悪いらしい。アンドレ様とマリアンネ殿下は、まさしく禁断の関係なのだろう。


「頑張ってね。私はいつも貴方の味方よ」


「あぁ、俺もマリアンネの味方だ」


(次は呼び捨てですか……)


 ダメージが大きすぎる。アンドレ様は私を大切にしてくださるが、マリアンネ殿下だって同じように好きなのだろう。そんなことを考えると、頭がくらくらする。嫉妬を通り越してどん底だ。はじめから、アンドレ様が私だけを好きになってくださる保証なんてなかったのに。




 ふらふらと歩いていると、


「リア」


フレデリク様に呼ばれた。振り返った私はすごい顔をしていたのだろう。フレデリク様は一瞬、うっと身を引いた。だが、すぐにいつもの笑顔になる。


「もうすぐアンドレの誕生日だろ? プレゼント、買った? 」


「い、いえ……」


 身を引きながらも思った。アンドレ様の誕生日だなんて、全然知らなかった。ちゃんとお祝いしなきゃいけない。だが、アンドレ様って何が好きなのだろう。何をあげれば喜ぶのだろう。


 色々考えている私を見て、フレデリク様は吹き出しながら告げた。


「じゃあ、俺が一緒に買い物に行って、選ぶの助けてあげよっか? 」


「えっ!? 本当ですか!? 」


 思わず飛び上がっていた。


 こんな訳で、フレデリク様と宮廷近くの店を回ったが……


「高いです……」


 貧乏男爵令嬢の私は、金銭感覚がおかしいのだろうか。それとも、貴族を狙った悪質な店なのだろうか。表示されている価格は、ぼったくりとでも思うようなものばかり。


「こんなに高いものを買ってしまうと、アンドレ様だって萎縮してしまいます……」


 思わず溢すと、フレデリク様は楽しそうに笑う。


「何言ってんだ。アンドレって将軍だし、次期公爵だし、金には困ってないだろ」


「それはそうですね……」


「きっと、バリル王国とは物価が違うんだよ。シャンドリー王国は豊かな国だから」


「そっか……それはそうですね」


 そう言いながらも、出直そうと思った。アンドレ様の欲しいものをリサーチし、よく考えて買おうと思ったからだ。お金だって好きに使っていいとアンドレ様は言うが、元はと言えばアンドレ様の稼いだお金だ。無駄遣いは出来ない。


 フレデリク様は私を見て、ぽつりと呟いた。


「アンドレもいい妻をもらったな。アンドレが惚れるのも分かる」


「……え? 」


 まじまじと見たフレデリク様は、微かに頬を染めていた。




いつも読んでくださって、ありがとうございます!

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