アンドレ様の、軍での様子
次の日、私はさっそく近衛騎士団の訓練を見るため、宮廷へ向かった。
バリル王国の宮廷よりも大きくて立派なこの宮廷内は、いつものように行き交う人で賑わっている。その大きな通路を行ったことのない方向へ曲がる。ひと気のなくなった通路の前には、大きくて立派な建物……そう、競技場のような建物が聳え立っていた。
競技場の扉の前には、見慣れた騎士服を着た騎士が立っている。そして彼らは、私を見つけると敬礼する。
(私のこと、分かるのですね。
おまけに、そんなふうに敬礼されるなんて……どうすればいいのでしょう)
ぎこちなく敬礼をし返すと、騎士たちは驚いたように私を見て、そして吹き出しそうな表情になる。
(あ……もしかして、失敗でした!? )
恥ずかしくて真っ赤になる私に、騎士はにこやかに告げる。
「奥様がそんなことしなくてもいいのです。
将軍をお呼びしましょうか? 」
「いえ、訓練を見てみたくて」
だけどやっぱり迷惑かもしれない、なんて思ってしまう。慌てて引き返そうとする私に騎士は告げた。
「こちらからお入りください。
奥様が来てくださったら、将軍も喜ばれることでしょう」
「ありがとうございます」
礼を返しながらも、ふと不安に思う。
(勝手に来てしまいました。
アンドレ様は喜ばれるどころか、お怒りになられるかもしれません)
だが、通された手前引き戻すわけにもいかない。そして、アンドレ様の戦っている姿を見たいのも事実だった。
私は通路を歩き、その先にある扉を開いた。するとその先には予想以上に大きな空間が開いており、グレーの騎士服を着た騎士たちが激しく剣を振るっていた。まるで本当の戦いさながら打ち合う騎士たち。さすが近衛騎士団、こんな速い打ち合いは見たことがなかった。速すぎてその腕先が見えない。
(ピアノを弾く私が魔術師なら、この人たちも魔術師と言えそうですね)
関心している私は、すぐに一人の男性を捉えた。彼はすらっとしていて、周りの男性のほうがずっといい体つきをしているのだが……彼は表情一つ変えず、体をたいして動かすこともなく、騎士たちの素早い剣を軽々薙ぎ払っていた。
(うわ……)
思わず息を呑んでしまう。というのも、彼はあまりにも軽々騎士たちを払いのけるため、彼の周りに続々と騎士が集まってくるからだ。
(まるで蜂の大群に囲まれているみたいです)
それでも相変わらず軽々と騎士たちの攻撃を交わすアンドレ様は、ひと目で異次元の強さだと分かる。そして、アンドレ様の周りには、疲れ果てて戦いから離脱する騎士が倒れていく。
(本当に強いのですね……)
最後の一人を軽々打ち負かしたアンドレ様は、疲れた様子もなく言う。
「俺はただ防御していただけだ。俺がもし攻撃していたら、ここにいる全員はやられていた。
近衛騎士の名に恥じぬよう、さらに訓練を重ねるように」
「「はい!! 」」
騎士たちはよろけながらも立ち上がり、背筋を伸ばす。この様子を見ている私はふと思った。
(きっとアンドレ様、見られたくないですよね……)
それで慌てて立ち去ろうとした瞬間、
「アンドレ!」
男性しかいないであろうこの闘技場に、艶っぽい女性の声が響いた。それで思わず振り返ってしまう。
私と反対側の扉に、ラベンダー色の豪華なドレスを着た女性が立っている。美しい金色の髪は緩く巻かれ、彼女が歩くとさわさわと揺れる。
「マリアンネ殿下」
アンドレ様は胸に手を当て、片膝をつく。その様子を見て、またずきんと胸が痛んだ。
しばらくこの国を離れてアンドレ様とともにいた私は、マリアンネ殿下の存在をすっかり忘れていた。他国でも毅然とした対応を貫いていたアンドレ様が、私以外に唯一心を許す存在。それを目の当たりにすると、震えが止まらない。マリアンネ殿下は私よりもずっと綺麗で、そして陛下の娘という地位もある。私と比べてどちらがいい女性かは、誰でも分かるだろう。
(醜いですね、私の嫉妬心)
心の中で呟いたときだった。
「リア!」
不意に呼ばれた。振り返るとそこに立っているのはなんと、
「フレデリク様」
だったのだ。
フレデリク様を見ながらも、これがアンドレ様だったらどんなに良かったかと思ってしまう。私は酷い女だ。
フレデリク様は相変わらずチャラチャラ笑いながら話し始める。
「ねー、アンドレ、強いでしょ? 惚れ直した? 」
「え、えぇ……」
苦笑いしか出ない。惚れ直したのは事実だが、マリアンネ殿下が気になって仕方がない。私がちらりと横を見ると、アンドレ様はマリアンネ殿下とまだ話をしている。そしてその顔は、私を見る時のようににこやかだ。その様子に余計に胸が痛む。
「アンドレもリアの前で負けられないからねー。あれだけ強くて無表情だから、冷酷将軍だなんて言われるんだよね」
「は、はい」
アンドレ様が気になって仕方がない私は、笑いながら返事を返すので精一杯だった。フレデリク様を見ながらも、アンドレ様とマリアンネ殿下のことばかり考えている。
「アンドレも、あれでも丸くなったんだよ?リアと結婚してからは、毎日上機嫌なんだ。
……ねぇ、リア? アンドレとどこまでいったんだ!? 」
「どこまでって……まだ何も……」
どぎまぎして答える私を見て、フレデリク様は面白そうに笑う。
(完全に遊ばれていますね)
戸惑う私を見て、さらにヒートアップするフレデリク様。
「まだ何もって……マジで!?
こんなに可愛い子に手を出さないなんて、アンドレ何してるんだよーッ!! 」
フレデリク様は笑いながら、私の頭をぽんぽんっと叩く。だから私は彼に笑い返すしかなかった。
(地味に焦りますね。
マリアンネ殿下とはあの様子なのに、私とは何も進展がないだなんて……)
そんななか、いつの間にかアンドレ様が隣に立っていた。そして、私の頭を撫でるフレデリク様の手をぎゅっと握る。
「気安く触れるな、フレデリク」
だが、フレデリク様も強い。アンドレ様にぎゅっと手を握られて顔をしかめながらも、いたずらそうに吐いた。
「あーッ、アンドレ嫉妬してんだ!」
その瞬間、アンドレ様は顔を真っ赤にしてそっぽを向く。その様子をぽかーんと見ていた。
(アンドレ様、し、嫉妬してくださったんですね!? )
だが、私だって嫉妬している。マリアンネ殿下に。
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