毅然とした将軍の態度
ハイスペック馬車とはいえ、五日間の旅はさすがに身に応えた。だが、ガラス越しに見慣れた王城が目に入ると、疲れも吹っ飛んでしまった。シャンドリー王国の王城よりも、少し質素で古い王城。だが、立派で重厚感あふれたこの建物を見ると、嫌な記憶が呼び起こされる。私はここで婚約破棄され、バリル王国へと追放された。バリル王国では楽しい日々が待っていたが、あの時の恐怖と絶望は忘れない。
アンドレ様は先に馬車から降り、私に手を差し伸べる。その様子がいちいち紳士できゅんとする。私は躊躇うことなくその手を取り、アンドレ様にいただいた豪華なドレスの裾を持って馬車を降りる。そして、再びその王城を見上げたとき……
「リア、大丈夫だ」
アンドレ様は低く落ち着いた声で私に告げる。
「君のことは、必ず俺が守るから」
この言葉が、アンドレ様の存在が、どれだけ私を安心させただろう。アンドレ様が私を信じてくださるから、私だって前を向けるのだ。
バリル王国の騎士と、シャンドリー王国の護衛の騎士に囲まれて、私たちは国王の間へ案内される。以前、一度だけここへ来たことがある。パトリック様に婚約破棄を言い渡され、バリル王国へ追放されたあの時だ。あの時の国王陛下の冷ややかな顔は、今も覚えている。
だが……
「アンドレ将軍、顔を上げてください」
国王陛下のしゃがれた声が聞こえ、隣で頭を垂れていたアンドレ様が、顔を上げる気配がする。そして不敬だと思いながらも、つられて私も顔を上げた。
国王陛下は、あの時と何ら変わりがなかった。白髪混じりの髪に、深く刻まれた皺。だが、その顔は申し訳なさそうにアンドレ様を見ている。
「パトリックが言った通り、我々はパトリックの浮気相手のリアを、あなたの結婚相手として送ってしまった。
ただ、パトリックの恋を邪魔されるのが怖く、遠くへ追いやりたかったからだ」
アンドレ様の手が、微かに剣に伸びる。それで、自分の酷い言われ様よりも、アンドレ様の行動が気になってしまう。
(ど、どうか穏便に……)
必死に心の中で願った。
国王陛下は続ける。
「男爵令嬢という身分だけでなく、そのような女性を送ってしまったことは、我が国として重大な過ちだった。申し訳ない。
貴方さえ良ければ、離婚してくれてもいい」
『離婚』その言葉が重くのしかかる。アンドレ様に限って首を縦に振らないと思うが、私はこれまで散々拗らせてきた。慎司とも、パトリック様とも……
胸が痛んだ瞬間、
「陛下」
アンドレ様の、ぞっとするほど冷たい声が響いた。最近のアンドレ様は、私にとても優しかった。だから、彼の冷たさなんて忘れ去っていた。だが、今のアンドレ様は、私に会った時……の百倍、いや、千倍の敵意を国王陛下へ向けている。
アンドレ様は軽く剣に手をかけたまま、冷たい声で続けた。
「私の妻は、ここにいるリア以外考えられません。素晴らしい妻をいただき感謝の言葉を述べたかったのですが……」
そして、一段と低い声で告げる。
「謝罪のためとはいえ、リアを侮辱することは、私を侮辱することと一緒です。
私たちはここで貴方を斬ることも出来ますし、我が国との友好条約を放棄し、貴国に攻め込むことだって出来ます」
(じ、冗談ですよね!?
ここへきて、まさかの宣戦布告ですか? )
私は狼狽えた。いくら強国シャンドリー王国の将軍とはいえ、ここまで敵意を剥き出しにするのは危険ではないか。不敬罪で処刑されないだろうか。
だが、シャンドリー王国の力は、私が知るよりもずっと強いものだったらしい。バリル王国の騎士たちはあからさまに狼狽え、国王陛下も青ざめながら慌てて告げた。
「そ、それは申し訳ない。
アンドレ将軍が気に入ってくれれば、我々はそれでいいのだ」
アンドレ様は国王陛下から視線を逸らし、私を見る。先ほどの殺気は消え失せ、いつもの私の大好きなアンドレ様に戻っている。アンドレ様は心底申し訳なさそうに私に言う。
「リア、不快な思いをさせて申し訳なかった。
謝罪されるとのことだから、陛下は君に謝罪されるのだと勘違いしていた」
「いえ、大丈夫です。……いいのです」
私はアンドレ様のシャツをそっと掴んでいた。
確かに国王陛下の言動は、胸に刺さるものがあった。そして私はそれに怯えていた。だが、アンドレ様が毅然とした態度を取って下さったから、予想以上にダメージは少ない。いや、むしろアンドレ様の言葉が嬉しかった。
アンドレ様は私を見て、ふっと笑う。その笑顔を見て、私も少し微笑んでいた。
そして国王陛下に向き直ったアンドレ様の顔は、やはり無表情の冷たかった。
「先ほどの言動を貴国の意思とし、これからの国防会議に臨ませていただきます」
案の定、国王陛下は狼狽えている。
「リア。俺はこのまま国防会議に出席しないといけない。君を苦しめた罪は、きちんと償ってもらうから。
君はその間、少し待っていてくれないか。護衛の騎士を十分に配備しておくから」
アンドレ様は、やはり優しく私に声をかけ、そっと髪を撫でる。その触れ方があまりにも優しいため、ぞわっと全身の毛が逆立った。
アンドレ様と離れるのは怖いが、私は笑顔で返事をする。
「はい」
すると、いい子だとでも言うように、アンドレ様はまた目を細めて私の髪を撫でる。こうして私は、また恋の深みにはまっていくのだった。
いつも読んでくださって、ありがとうございます!




