表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

37/56

ようやく伝えた私の秘密

 宮廷の中庭には、豪華な馬車が停まっていた。そして、その周りには護衛の騎士が隊列を組んで待っている。


「アンドレ。道中気をつけなさい」


 アンドレ様を気遣う国王に、アンドレ様は片膝を付いて頭を下げる。こんないかにも騎士といったスマートなアンドレ様に、きゅんとしてしまうのは秘密だ。


 そして、


「アンドレ、気をつけるのよ」


国王の近くに立っていたマリアンネ殿下……今日も相変わらず美しいマリアンネ殿下が、心配するようにアンドレ様に告げる。

 大丈夫だと言い聞かせながらも、胸の中がちくりとした。


「殿下、ありがとうございます。

 行って参ります」


 アンドレ様は頭を垂れたまま告げるが、嫌がっている素ぶりがないのも私を不安にさせる。


 こうやってマリアンネ殿下はアンドレ様との別れを惜しんでいるのかと思ったが……


「リアさん」


 不意に呼ばれて飛び上がりそうになった。

 マリアンネ殿下は、きっと私を嫉妬で歪んだ顔で見ているに違いない。そして、酷い言葉を吐くに違いない。そう思ったが……


「リアさんも気をつけて。

 アンドレが付いているから大丈夫だと思うけど、万が一彼が酷いことをしたら、私に教えてちょうだい。

 私が厳しく言ってあげるから」


 マリアンネ殿下は、私を敵視している様子もなく、むしろ私を心配しているようにさえ見える。マリアンネ殿下はこの私のことまで心配してくださっているというのに、私はいつまで嫉妬心を燃やし続けているのだろう。


 (容姿も性格も、私の負けですね)


 認めたくないが、そう思うしかなかったのだ。




 こうして、私は信じられないほど豪華な馬車に乗り、多くの護衛を伴って、アンドレ様とともに旅に出た。私の故郷、バリル王国へ向かって。


 馬車に揺られながらも、マリアンネ殿下に対する嫉妬や不安、敗北感を感じていた。マリアンネ殿下のことばかり考えていた私は、気付いたらアンドレ様の手をぎゅっと握っていた。握ったあとにはっと気付く。


 (わ、私、何てことをしているのでしょう)


 大きくてごつごつして、少し荒れたアンドレ様の手。真っ赤になった私は慌ててその手を離そうと思ったが、アンドレ様はぎゅっと握り返してくれる。離さないとでもいうように、きつく。それでまた、顔が熱くなってしまう。


「長旅で、リアにも苦労をかけてしまう。

 だが、君を置いていきたくなかった」


 低くて優しい声。はじめはこの声を聞くのが怖かったが、今は聞くのが心地いい。そして、いけないと思うのに、願ってしまう。……アンドレ様が少しでも私を好きになってくださっているようにと。

 

 ぼーっと窓の外を眺めていた私は、とあることにようやく気付いた。この馬車はたいして揺れないが、その揺れからは信じられないほどの速さで走っているのだ。新幹線……とまではさすがにいかないが、遅い電車くらいの速さはあるかもしれない。いずれにせよ、こんな速度で走っているのは暴走している馬車くらいだ。


「ず、随分と速い馬車ですね」


 思わず聞いてしまった私を見て、アンドレ様は少し誇らしげに答えた。


「これは我が国特製の馬車だ。通常、十日かかるバリル王都まで、この馬車だと五日もかからずに辿り着く」


 シャンドリー王国が強い国だとは知っていたが、技術力も想像以上に高いようだ。驚いている私に、アンドレ様は告げた。


「この馬車は、前世も軍人だった俺の知識で、色々と改良を加えた。

 サスペンションを変えたのと、防弾ガラス装備。水陸両用で船にもなる」


 隣に座るアンドレ様はイキイキしており、目を輝かせている。そしていつもよりも饒舌だ。その表情は、心なしか慎司を思い出させた。


 (アンドレ様は前世も軍人だったのですね。

 ……慎司も自衛官でした)


 なんて考えた私は、はっと思い出した。アンドレ様は笑われるのを覚悟して、前世の記憶について話してくれたのだ。それなのに、私だって記憶を持っているということを話していなかった。夫婦の間に隠し事はいけないのに、私は何をしていたのだろう。


「あの……アンドレ様……」


 私はちらっとアンドレ様を見上げる。そして、その顔を見て、相変わらずの美しさにドキドキする。顔が真っ赤になってしまうため、目を逸らして伝えた。


「私も実は……その……前世の記憶というものがありまして……」


 アンドレ様はどんな反応をされるのだろう。なぜ黙っていた、なんて言うのだろうか。一瞬恐怖を感じた時、さほど気にもしていない様子で、アンドレ様が答えた。


「だろうな」



 (……『だろうな』ですって!? )


 予想外の反応に、まじまじとアンドレ様を見上げる。そして、再び真っ赤になってしまう私。するとアンドレ様は、ゆっくり私に目を落とした。その菫色の形のいい瞳で見られると、また胸がドキドキと音を立て、甘くきゅんと震えるのだった。


「そうだと思っていた。

 ベートーヴェンとかミサンガとか、俺の記憶の中にも出てくる」


 (えっ!? アンドレ様、気付いていらしたのですね)


 責められても仕方がないと思ったのに、アンドレ様の反応に拍子抜けした私。こんな私を見て、アンドレ様は楽しそうに笑った。その笑顔を見ると、私も自然と笑みが溢れてくる。

 無表情だったアンドレ様が、今やこんなにも私に感情を見せてくださる。そのことが、何よりも嬉しい。

 

「リアはどんな前世だったのか? 」


 柔らかい声で聞くアンドレ様に、ドキドキしながら答える私。


「えっと……ごく普通の会社員でした。

 ですが、若いうちに不慮の事故で死んでしまって……」


「そうか。……結婚はしていたのか? 」


 急にそんなことを聞かれ、戸惑って答える。


「いえ……ですが、婚約中の人はいました」


 ここでちくりとした。慎司とは婚約中だったが、『結婚するのを辞める?』などと言われてしまった。そのまま私は転落死してしまったが、もし私が生きていたらどうなっていたのだろう。

 そういえば私は、パトリック様にも婚約破棄をされた。私の男運はもしかしたら、すごくツイていないのかもしれない。

 だけどアンドレ様は……アンドレ様とは、これからも幸せに暮らしたいと思ってしまう。


 ちらっとアンドレ様を見ると、微かに頬を染めて拗ねたように窓の外を見ていた。


 (えっ!? もしかして、私、何か悪いことを言ってしまいました!? )


「ごっ、ごめんなさい!! 」


 身に覚えはないがとりあえず謝る私を、頬を染めたまま少し不機嫌そうに見るアンドレ様。そして、またふいっと外を見てしまう。


「君は何も悪くない。その……」


 アンドレ様はまた窓の外を見たまま、衝撃的な言葉を告げた。


「たとえ前世であっても、君に愛された男がいる。その事実だけで俺はむしゃくしゃする」


「そ、それってもしかして……やきもちですか!? 」


 思わず口走って、慌てて口を押さえる。


 (わ、私としたことが、何てことを言っているのでしょう。

 きっと、アンドレ様もいい気がしないでしょう)


 あわあわと慌てる私の隣で、アンドレ様もどこか狼狽えている。そして額に手を当てたまま、完全に私に背を向けてしまった。


「う、うるさいな。

 俺だって、やきもちの一つや二つ、焼くこともある」


 (び、ビンゴですかぁ!? )


 アンドレ様を嫌な気分にさせてしまって申し訳ない思いと、やきもちを妬かれて嬉しい思い。半ばパニックを起こしている私はすごい顔をしていたのだろう。真っ赤な顔でちらりと私を見たアンドレ様は、思わず吹き出していた。それにつられて私も笑ってしまう。


 不思議だ。会った時はあんなにも心の距離が離れていたのに、今はこんなにも近くにいる。怖いだなんて思いはもうないし、好きが大きくなっていく。


「リア。この世界では、共に長生きしよう」


 アンドレ様の言葉に、大きく頷いていた。


「はい。おじいさんおばあさんになっても、ずっとアンドレ様の隣にいたいです」


 私はまた、大胆なことを言ってしまった。そして、真っ赤になって口を塞ぐ。こんな私を見て、


「そうだな」


アンドレ様は大きく頷き、再び私の手を握った。大きくて力強いその手を、ぎゅっと握り返していた。


 こうして、私はハイスペック馬車に揺られ、アンドレ様に胸を狂わせながら、バリル王国へと向かっていったのだ。




いつも読んでくださって、ありがとうございます。

気に入っていただけたら、ブックマークと評価をしていただけると嬉しいです!

とても励みになっています!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ