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変わらない日常

ここから第二章です。

読んでいただければ嬉しいです。

「リア、行ってくる」


 アンドレ様は目を細め、私の髪をそっと撫でた。無表情だったアンドレ様は、今や私に心を開いてくださるようになった。白銀色の髪に整った顔立ち、それだけで美しいのに、この美男の笑顔といったら……


 (ご馳走様です)


 そう、その言葉がぴったりだ。

 私はこうして、楽しい使用人と優しいアンドレ様に囲まれて、毎日楽しく過ごしている。




 アンドレ様が仕事に行かれた後は、使用人たちと料理や館の掃除にあけくれる。暖かくなってきたこの頃は、庭に花を植えることに勤しんでいる。


「リア様、素敵な庭園が出来上がりましたね」


笑顔のマリーに、私も笑顔で返す。


「ええ。アンドレ様、喜んでくれるでしょうか」


「まあ、リア様ったら」


そう溢し、彼女たちは顔を見合わせて笑う。


「喜ばれるも何も……将軍はここ最近、毎日ご機嫌ですから。

 この花壇をご覧になり、鼻歌なんて歌って踊り出されるのではないでしょうか」


「将軍が鼻歌……踊り……!?

 ……ぶはっ、ヴェラ、不敬罪に問われるわよ!」


 不敬罪など言いながら、マリーとヴェラは大笑いをしている。そんな二人を見て、私も笑ってしまった。


 私がこの館に来た時は、皆さんはアンドレ様に怯え、私を気遣って無理に元気に過ごされていた。だが、今はこうして皆が自然に笑みをこぼすような雰囲気に溢れている。


 (これもきっと、アンドレ様が優しくなられたからですよね)


 花壇に植えられた白色と菫色の花を見る。アンドレ様をイメージし、丁寧に一つずつ植えたこの花々を見て、アンドレ様は笑ってくださるだろうか。そんなことを考えると、また笑みが溢れてくるのだった。



「さあ、花壇の手入れも終わりましたし、次はお庭の掃き掃除でもしましょうか」


 倉庫へ向かって歩く私を、


「りっ、リア様!」


マリーが慌てて止める。この館へ来て長らく経った私は、次にどんな言葉が出るのか分かっている。


「そ、そんな、掃き掃除だなんて。

 将軍の奥様が、そんなことを……」


「大丈夫です」


 私は笑顔でマリーに告げる。


「私のわがままで、いつも掃除をしていることも、分かっておられるでしょう? 」


 すると、ヴェラがふふっと笑う。


「もう、リア様ったら……」


 こうして、私は今日も何も変わらない楽しい日々を送っている。素敵な館の人々に、大好きなアンドレ様に囲まれて、私は今日も幸せだ。以前の私からは想像出来ないほど、とてもとても幸せだ。




◆◆◆◆◆




 昼過ぎ。

 私はいつものように、ルイーズ殿下のピアノ指導をしに宮廷にいた。


 ルイーズ殿下のピアノ指導を始めてから、数ヶ月が経った。この数ヶ月でアンドレ様との関係は、信じられないほど良いものになっていた。そして、ルイーズ殿下のピアノの腕も、着々と進歩している。


 ルイーズ殿下が『子犬のワルツ』を弾き終えると、近くにいた使用人たちがわあっと拍手をする。ルイーズ殿下らしい、軽やかなワルツだった。私も使用人たちに混ざって拍手を送る。


「殿下、とてもお上手です」


 私の言葉に、ルイーズ殿下は太陽みたいな笑顔を浮かべる。その子供らしい笑顔にきゅんとしながらも、先生として甘い言葉ばかりはかけられないのが私だ。


「ルバートを意識すれば、もっとこの曲らしいものになります。例えば、このフレーズはここを少し長めに強調して……」


 ルイーズ殿下に手本を見せると、使用人たちがさらにわあっと声を上げる。


「リア先生、さすがです!」


「この曲だけでも素晴らしいのに、リア先生が弾かれるとさらにすごいものになります!」


 いや、すごいのは私ではなく、この曲の作者だ。だが、どれだけ弁明しても、これは私の書いた曲となってしまうことは分かっている。心の中でこの曲の作者に謝罪するとともに、恥ずかしい気持ちでいっぱいになる。


「リア先生はピアノの魔術師ですね!! ……と、アンドレ将軍が言っておられました」


 『ピアノの魔術師』。それも、前世の偉大な作曲家の呼び名だ。アンドレ様は分かっていて言っておられるのだろうか。


 頭を抱える私を


「リアさん」


新たに呼ぶ声がした。『リア先生』でも『リア様』でもない久しぶりの呼ばれ方に、ばばっと顔を上げる。すると、ずらっと並んでピアノ練習を見物する使用人たちの前に、いつの間にか美しい女性が立っていたのだ。金色の長い髪に、水色の煌びやかなドレス。一目見るだけで、位の高い女性だと分かる。だが、こんな女性、見たことがない。


 女性は口角を上げ、嬉しそうに私に歩み寄る。そして、硬直している私の手をおもむろに握った。


「貴女が噂に聞く、アンドレの奥さんね」


 アンドレと呼び捨てにされた夫の名を聞き、さらに硬直する。そして、ようやく言葉を漏らした。


「は、はい。リアと申します。よ、よろしくお願いいたします」


 そう告げながらも、この美人は誰だろうと必死に考える。そして、この美人を見れば見るほど、自分が醜く思えてくる。そんな劣等感に満ちた私の隣でルイーズ殿下が嬉しそうに声を上げた。


「お姉様!帰っていらしたのですね!」

 

 (えっ、お姉様!? )


 予想外の言葉にぽかーんとする私を前に、ルイーズ殿下は美人に駆け寄る。


「お帰りなさい、お姉様。隣国への留学はいかがでしたか? 」


「ただいま、ルイーズ。とても有意義だったわ」


 そう言って美人はつかつかと私のほうに歩み寄る。近付けば近付くほど、CGか何かのように欠点のない顔だ。……この世界にはCGなんてものは存在しないが。

 だが、その美しい顔で下心のなさそうな笑顔を私に向ける。


「私はマリアンネ。いつも妹とアンドレがお世話になっているわね」


 そう言って、足を組んでドレスの裾を持ち、優雅に頭を下げる。私もつられておどおどと頭を下げた。こういう時のために、館の人々からマナーを教わっていた。だが、突然の出来事で上手く対応できない。そして、考えたくもないが、アンドレ様の名前が出て動揺してしまった。アンドレ様とマリアンネ様は、どんな関係なのかと。


 (私って、性格悪いですよね……)


 そんななか、さらに動揺する出来事が起こったのだ。


「リア」


 不意に私は、大好きなその声で名前を呼ばれた。いつもは名前を呼ばれるとニヤついてしまうのに、今日はビクッと飛び上がる。


 一礼して扉から部屋に入ってきたのはアンドレ様で、アンドレ様は口角を上げて私を見ている。これだけでこの上ないご褒美をもらった気分なのに、胸騒ぎがしてならないのだ。

 




いつも読んでくださって、ありがとうございます!

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