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逃した魚は大きかった!?

 地面に押さえつけられたパトリック様は、青ざめたままガクガクと震えていた。まさか、細身でどちらかというと中性的な顔立ちのアンドレ様に、こんな力があるとは思ってもいなかったのだろう。そして、パトリック様は青ざめながらも出まかせを言う。


「あ、貴方もリアに嵌められているんだ」。

 ……そう、リアは誰にでも色目をつかい、誰にでも抱かれる女だから。

 そっ、それに!リアは一応アンドレ将軍と婚約しているんだ。君みたいな地位の低い者には見分不相応だ」


 パトリック様は、まだ目の前にいる彼がアンドレ様だと分かっていないようだ。おまけに、身分の低い召使いだとも勘違いしているのだろうか。なんだかパトリック様が可哀想になると同時に、卑屈な気持ちまで吹っ飛んでしまいそうだった。


 だが、アンドレ様は違うようだ。


「もういい」


 そう言い放ち、パトリック様を床に押し付ける手は微かに震えている。アンドレ様がこうも感情を剥き出しにして怒るなど、想定外だ。


「私はリアから全て聞いている」


 アンドレ様は低く唸る声で告げる。その声を聞くだけで、体が震えそうな怒りを感じる。


「これ以上リアを侮辱するなら、殺……」




「アンドレ様」


 思わず彼の名を呼んでいた。

 今まで皆に笑われ、見下され、濡れ衣まで着させられ追放された。こんな私をアンドレ様が庇ってくださることが嬉しかった。それだけで、顔がニヤけてしまうほど。

 

 アンドレ様はパトリック様の胸ぐらを掴む手を緩め、私を振り返る。そして私を見ると、怒りに満ちたその視線は次第に甘いものへと変わっていく。アンドレ様に見つめられるだけでホッとして、そして嬉しくて。

 

「私は、アンドレ様のお隣にいたいです」


 思いが言葉となって溢れる。


「どなたが何とおっしゃっても、私はアンドレ様といたいです」


 私を見つめるアンドレ様の頬が緩む。そして、嬉しそうな、それでいて泣いてしまいそうな表情となる。冷酷で無表情とも言われるアンドレ様の、感情だだ漏れの顔を見て、胸が甘くきゅんきゅんと音を立てる。そして、頬が緩んできてしまう。


 私は必死に頬を吊り上げ、パトリック様に深々と頭を下げた。


「ですから……パトリック様、申し訳ありません」



 男爵令嬢の私が、パトリック様との求婚を拒否するなんて、未分不相応に違いない。処刑されるかもしれない。だが、どんな仕打ちが待っていようと、私はアンドレ様と共にいたいのだ。




 目の前の弱そうな男が、屈強なアンドレ将軍だと知ったパトリック様は、さらに真っ青になった。そしてがくっと項垂れる。


 その前に現れたのは、いつもグレーの騎士服を着た背の高い男性だった。その髪を掻き上げながら、いつも通りチャラチャラと言葉を放ったのは、フレデリク様だった。


「リョヴァン公爵。リアを不敬罪として処罰することも出来ませんよ。リアはもう我が国の住人ですし、リアの夫であるアンドレが離さないと言っているのですから」


 パトリック様は恨めしげにフレデリク様を見上げる。


「アンドレはこの国の将軍であり、数年後には公爵の爵位を継承します。ですからアンドレは貴方と同位ですし、これ以上この地で問題を起こされると、貴方をシャンドリー王国の法律で裁かねばなりません」


 私は思わずアンドレ様を見上げていた。


 (お、お金持ちのことは承知していましたが、まさかこ、公爵だなんて……)


 アンドレ様は、私が狼狽えているのを見抜いているのだろうか。安心しろとでも言うように、目を細めてそっと髪を撫でた。それでまた、いちいちきゅんとしてしまう。


「リョヴァン公爵、逃がした魚は大きかったのです」


 その言葉を合図に、パトリック様は深々とお辞儀をしてそそくさと去っていってしまった。諦めてくださったのだろう。有能な上に次期公爵のアンドレ様と、貧乏男爵令嬢の私。ますます釣り合わないと思わざるを得ないが……気持ちが動き出してしまったのも事実だ。アンドレ様が隣にいてもいいと言ってくださる限り、私はアンドレ様の側を離れない。





「リア、不快な思いをさせて悪かった」


 (それはこっちの台詞です……)


 アンドレ様は私を労るように、そっと手を握ってくださる。それだけで頬が緩んでしまう。ニヤニヤしているフレデリク様と視線がぶつかり、慌てて表情を正した。


「君も疲れただろう。館に帰って、ゆっくりと休むとしよう」


「はい……」


 こうして、アンドレ様の隣にいられるだけで幸せだ。そして、こうして少しずつ家族になっている。それがとても嬉しいのだが……


 自分の気持ちに気付いてしまうと余計、距離が近付くと余計、アンドレ様に多くを求めそうになってしまう。……私を好きになって欲しい。


 アンドレ様の心は、前世自殺した彼女にあることくらい、分かっているのに。


 


いつも読んでくださって、ありがとうございます!

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