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アンドレ様不在の日々


 アンドレ様が戦地に赴き、十日ほど経った。知らせがないということは、アンドレ様は無事なのだろう。私は極力卑屈にならないようにしながら、いつも通りの生活を送る。


 ピアノを弾くこともあれば、マリーやヴェラと料理をすることもある。春に向けて、庭に球根をたくさん植えたりもした。春になって花が咲き、アンドレ様が喜んでくださることを想像すると、自然と顔がにやけてくるのだった。


「マリー!ここの花瓶にお花を生けてもいいでしょうか」


「はい、もちろん。どんなお花を調達しましょうか? 」


「そうですね……アンドレ様が喜んでくださりそうな、青色や紫色の落ち着いたお花がいいです」


 そのお花を見て、アンドレ様はどんな顔をされるのだろう。あの優しい笑顔を見せてくれるのだろうか。


「もう、リア様ったら。

 将軍がいなくなってから、将軍の話ばかり……」


 マリーに言われて気付いた。マリーの言う通り、私はアンドレ様のことばかり考えている。アンドレ様の迷惑にならないように、挨拶程度で済ませておくはずだったのだが、いつの間にかこんなにもアンドレ様が心の中を占めていることに気付く。アンドレ様に会えないだけで、何か物足りない気持ちになってしまうのだった。





 昼過ぎ。いつものように、ルイーズ殿下のピアノ指導へと宮廷へ向かう。『エリーゼのために』を上手に弾けるようになった殿下は、次の曲『トルコ行進曲』の練習に入っている。


「ねぇ、リア先生。この曲は、どうして『トルコ行進曲』という曲名なの? 」


 興味津々に聞いてくる殿下への説明に困る。作曲者がそう付けたから、と言ったらややこしい話になる。だから私は、また要らぬうんちくを語ってしまうのだった。


「昔、トルコという国がありました。そのトルコ軍の音楽に感銘を受けて作られたのが、このトルコ行進曲です」


 私の話を聞き、殿下はふふっと笑う。


「もう、リア先生ったら面白いわ。トルコなんて国、聞いたこともないのに!

 リア先生の頭の中は、妄想だらけなのね」


 こうして、『トルコ行進曲』ですら私作曲の曲となってしまうのだろう。偉大なモーツァルトに申し訳なく思う。

 だが、ルイーズ殿下の話を正すわけにはいかない。だから私は、笑って話を濁す。


「そうね……軍隊って言ったら、リア先生はアンドレのことを思って書いたのでしょう? 」


 急に出たアンドレという名に、思わず飛び上がってしまう。


 (違います!……断じて違います!

 ……でも、アンドレ様がいなくて寂しいのは確かです)


 狼狽える私を見て、ルイーズ殿下は面白そうに笑う。


「リア先生って分かりやすいなぁ」


 なんて言って。

 こうして私は、さらに誤解されてしまうのだろう。『トルコ行進曲』は、私がアンドレ様を思って作った曲だとか。だが、否定の仕様がない。


 顔が真っ赤な私に、殿下は続ける。


「それにしても、リア先生もすごいわ。

 戦闘のことしか興味がないアンドレを振り向かせるなんて」


「……え? 」


 正直、意外だった。アンドレ様が将軍だということは知っているが、戦闘のことしか興味がない、だなんて。

 驚く私に、殿下は教えてくださる。


「アンドレは細く見えても実は筋肉質で、剣術とか体術の腕はピカイチらしいわ。

 おまけに、マニアックな飛び道具とか作ったりして。頭もキレて予想しない戦術を考えるし、シャンドリー王国が強い国になれたのも、アンドレのおかげなんだって」


「そうなのですね……」


 私は頷くことしか出来なかった。アンドレ様がすごい人だとは思っていたが、まさかそこまでだとは思ってもいなかった。おまけに、戦闘マニアだなんて。普段アンドレ様から戦闘の話なんて聞いたこともないため、なおさら意外であった。


 それでも、アンドレ様の話をすると、やはりアンドレ様が恋しくなってしまう。いつの間にかアンドレ様は、こんなにも私の心を占めてしまうようになっていたのだ。





 ルイーズ殿下のレッスンを終え、部屋を出る。そして、いつものように長い廊下を歩いた。

 よく、この廊下でアンドレ様に会った。はじめは素っ気なかったのに、そのうち挨拶をしたり話をしてくれるようになった。だが、今はアンドレ様に会うことはない。分かっているが、とても寂しく感じる。


 (さぁ。館に帰って、みなさんとお茶でもしましょうか。

 それとも、アンドレ様が帰って来られた時のために、お菓子作りでも練習しようかしら……)


 こんなことを考えている私を、


「リア!」


呼ぶ人物がいた。


 いきなりリアだなんて呼ばれるから、一瞬アンドレ様が帰ってこられたのかと思ってしまった。だが、そんなはずはない。

 私の前に立っているのは、アンドレ様と同じ隊服に、茶色い髪をしていたずらそうに笑う、


「フレデリク様!」


だったのだ。




いつも読んでくださって、ありがとうございます!

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