将軍の様子がおかしいようです
次の日。いつものように朝七時に起き、身支度を済ませてから食事に行こうとした。
(昨日食べ過ぎてしまったから、今日の朝食食べられるか分かりません……)
扉を開けると、いつものようにマリーとヴェラが待ってくれている。そして、いつものように二人に笑顔で挨拶をした。
「おはようございます」
マリーとヴェラは一瞬顔を見合わせて、そして笑顔で頭を下げる。
「リア様、おはようございます」
そして、二人してずいっと顔を寄せてきた。
「リア様、昨日のダンスパーティー、お疲れ様でした」
「私たちも話を聞きたかったのですが、リア様が将軍と帰ってこられて、大層お疲れのように見えたので……」
「そうですね」
私はようやく昨日の記憶を頭に巡らせた。
アンドレ様は部屋まで私を送ってくださって、疲れた私は死んだように眠ったのだ。
(湯浴みをするのすら忘れてしまいました……)
だが、マリーとヴェラが知りたいのは、そんな話ではないのだろう。
「ダンスはなんとか踊れた……と思います。
これも二人のおかげです」
笑顔で礼を告げると、二人は嬉しそうに顔を見合わせた。
二人と執事長の猛特訓のおかげで、人前で無様な姿を晒すことは辛うじてなかった。ふらついて転びそうにはなったが、あれはギリギリセーフだっただろう。だから、アンドレ様の足を引っ張ることもなかった……と思いたい。
「それは良かったです……」
マリーはそう答えながらも、ヴェラと顔を見合わせる。私は心から良かったと思っているのだが、二人は違うのだろうか。一抹の不安を覚えた時、ヴェラが声を落として聞いたのだ。
「……将軍。どうされたんですか? 」
「……え? 」
ぽかーんとする私に、ヴェラは聞く。
「将軍、昨日から様子がおかしいです。
おまけに今日なんて……」
歩きながら話しているうちに、食堂へ着いてしまっていた。困り顔のヴェラが食堂の扉を開ける。目の前には、見慣れた食堂の豪華で大きなテーブルが置かれていた。白い清潔な布で覆われたテーブルの上には、美味しそうなフルーツやパンが置かれている。見慣れた光景だ。だが、この見慣れた光景のなか、ただ一つの違和感に気付く。それは……
「おはよう、リア」
なんと、いるはずのないアンドレ様が、私の席の前に座っているのだ。
「お、おはようございます」
なんて答えながらも、心臓がバクバク音を立てる。
(アンドレ様がいらっしゃるなんて……
しかも、私のことをリアと呼んでくださいました)
混乱しながらも席へと座る。一人で食べる食事に慣れてしまったため、アンドレ様がいると酷く緊張する。それだけではない。アンドレ様みたいな美男が前に座るものだから、恥ずかしくて目のやり場に困る。
赤くなって俯く私に、アンドレ様は告げた。
「今日から俺も一緒に食事をしようと思う」
「……え? 」
顔を上げると、アンドレ様の瞳と視線がぶつかる。そして恥ずかしくなってしまった私は、また頬を染めて下を向いた。
(それにしても、どういう心変わりなんでしょう。
私には一切関わるつもりはないとおっしゃっていたのに……)
だが、こうやって一緒に食事を食べられるのを、嬉しくも思った。何より、アンドレ様との距離が少し近くなったのだ。
「ありがとうございます。……とても嬉しいです」
私は満面の笑みで答えていた。
アンドレ様と初めての食事。アンドレ様が少しずつ心を開いてくれていることが、とても嬉しい。考えるだけで頬が緩んでにやついてしまう。だが、こんな状況になって、慌てている自分もいる。
(何を話せばいいのか、分かりませんわ……)
そう。急に一緒に食事をするなんてことになり、私はとても緊張している。必死に何を話そうか考え、気まずい沈黙が続いている。せっかく少しお近付きになれたのに、これではまた嫌われてしまうかもしれない……
だが、どうしようも出来ない私は、諦めて食事を食べることにした。
「いただきます……」
そして改めて食事を見る。いつものパンに、フルーツに。そして、パンの隣に見たことがないものもある。この世界では見たことがないものだが、私はこういったものを知っている。
(ピンク色のもちもちしたものや、黒色のテカテカ光るもの……
桜餅や、羊羹ですか? )
美食の都シャンドリー王国にはこんなものもあるのだと、驚きを隠せない。そして私は、ピンク色のもちもちしたものを口に運んだ。
口に入れると、予想通り、ほんのり桜の香りが香る餅の中には、甘い餡が入っている。
「お、美味しいです!! 」
思わず頬が緩んでにんまりしてしまう。そして私は、視線を感じてはっと正気に戻ったのだ。
私の前には、手を組んでその上に顎を乗せて私を見ているアンドレ様がいた。口角を少し上げ、なんど優しい顔で私を見ている。
(あまりにも美味しすぎて、アンドレ様に見られていることを忘れていました。はしたない女性だと思われてしまったでしょうか……)
思わず真っ赤になって俯いてしまった私に、彼は告げた。
「美味しいだろう?
……彼女もこれが好きだった」
予想外の言葉に、胸がズキっとする。そんな私を見ながら、アンドレ様は悪い、とこぼした。そして、静かに続けた。
「彼女のことは、気にしなくてもいい。
……もう、死んでしまったから」
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