こうなったらヤケクソです!
ホールの中央に立つ偉そうな男性が話し始めた。
「このたび、王女であるルイーズ殿下がピアノを習われ始めました。指導者は、アンドレ国軍総指揮官の妻である、リア夫人です」
(えぇッ!? )
咄嗟の出来事に、心臓が一回止まった。そしてその後、狂ったようにバクバクと音を立て始める。これから何が始まるのだろうか。まさか……
「ルイーズ殿下の弾かれる曲があまりにも美しいため、国王陛下の意向により皆様にも聴いていただくことになりました」
(ちょっと待ってください。それって、発表会みたいなものですよね?
私は確かにルイーズ殿下にピアノを教えましたが、まだ人前で披露できるほどの完成度ではありません)
もし、ルイーズ殿下が失敗してしまったらどうしようかと思った。まさか私が処刑されるとか……身体を震えが走る。
さらに、男性は信じられないことを口走ったのだ。
「曲は、リア夫人作曲の『エリーゼのために』です」
(わ、私作曲ではありません!!!
なんということですか!? )
食べるのも忘れ、一人であたふたしていた。
(止めたい。でも、ここで止める勇気はありません!)
そうこうしている間に、ルイーズ殿下の演奏が始まった。もう私は下を向いて祈るばかりだ。私は、どうなってしまうのだろう……
だが、ルイーズ殿下は意外にも、大きなミスをすることなく弾き続けた。ピアニストを目指していた私からすれば、改善点はたくさんある演奏だった。だが、音楽後進国のこの国では、それすら気にならないほどの素晴らしい演奏だったようだ。
ルイーズ殿下が弾き終えた瞬間、割れんばかりの拍手が湧き起こる。
「なんと美しい曲ですこと……」
「ルイーズ殿下も素晴らしいですが、あんな曲を作ったリア様は天才でしょう……」
(いや、私が作ったわけではないのです!)
だが、今まで誰一人として信じてくれなかったのだ。ここで否定する勇気も出ず、私は真っ赤になって俯いた。
だが、これで終わりではなかったのだ。
偉そうな男性は、急に私に無茶振りをしてきたのだ。
「噂によると、リア夫人のピアノの腕も相当のものらしいです。
もしよろしければ、一曲お手前を見せていただけないでしょうか」
(えっ!? 冗談じゃないですわ!)
私は周りをきょろきょろ見回すが、皆が私を見つめていた。そして、笑顔で拍手をしている。盛大な拍手が鳴り響くなか、私はがたんと立ち上がった。
(もう、こうなったらヤケクソです!! )
断れるはずもない私は、深呼吸してピアノに歩み寄る。そして、深々と一礼をしてから、ピアノの椅子に腰掛けた。
(さあ、前世では出来なかった大ステージを、ここで繰り広げてあげましょう!! )
◆◆◆◆◆
《アンドレside》
(何を無茶振りさせているんだろう……)
俺は椅子に座りながら、ピアノを弾いている妻を見た。彼女はあからさまに引きつった顔で頭を下げたが……だが、今はピアノの世界に入り込んでいる。そして彼女の弾くピアノ曲を聴きながら、前世のことを思い出していた。
香織はこの曲をよく弾いていた。『ラ・カンパネラ』という曲だ。香織がこの曲を弾いているところを見ると、指が残像みたいに無数に見え、魔術師ではないかと思った。香織にそのことを告げると、頬を膨らませて拗ねた顔をする。そんな香織も愛しかった。
俺は香織が音大を卒業する頃に出会い、てっきり彼女はピアニストになるのかと思っていた。だが、この曲を弾きこなす香織でさえ、ピアニストになれなかったのだ。俺は何度も彼女に舞台に立たせてあげたいと思ったが、どうすることも出来なかった。
香織は夢を諦めてて生きていた。夢を諦め、俺に「結婚しない」などと言われた香織が自暴自棄になったのはよく分かる。それほど、香織は一人で抱え込んで生きていたのだ。
俺がもっと香織のことを分かってやれば……香織に寄り添ってやれば……香織は死ぬ道を選ばなかったかもしれない。
……俺のせいだ。
妻はこの曲を弾き、少しはにかんだように頭を下げる。頭を上げた妻はなんだか恥ずかしそうで、俺は彼女に香織を重ねてしまった。
そして、自分でも訳が分からないが、
「香織!!」
愛する元恋人の名前を叫び、彼女に駆け寄っていた……ーー
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