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何事も頑張ります

 いつものように一人で夕食を食べ、ルイーズ殿下のために楽譜の作成に取りかかる。

 悩んだ挙句、曲は『エリーゼのために』に決めた。前世では知らない人がいないほどの名曲であり、比較的弾きやすい。そして、何といってもルイーズ殿下の可愛いが少しもの寂しげな雰囲気にも合っているのだ。ルイーズ殿下なら、きっとこの曲を美しく弾きこなしてくれるだろう。


 一音一音丁寧に楽譜に書き入れていると、玄関の扉が開く音がした。そして、重いコツコツという足音が続く。


 (アンドレ様が帰ってこられたのですね)


 無視されるが、お出迎えだけは欠かさなかった。だから今日も私は、無視されながらもお出迎えをする。


 広い玄関に走り寄り、


「お帰りなさいませ」


アンドレ様に駆け寄った。




 アンドレ様は、相変わらず冷たい表情をしていた。怒りすら感じない、ただの『無関心』をひしひしと感じる。

 だが今日は、彼は表情一つ変えず、私を見ることもせず、いつもの冷たい声で告げたのだ。


「私に付け入るなと言っている。

 私は君を愛するつもりはないのだから、余計な気を起こすな」


 そしてそのまま、すたすたと去って行ってしまった。




 私は突っ立ったまま、アンドレ様の消えていった館の奥を見ている。強い口調で言われるものだから、心臓がばくばくと音を立てている。


「り、リア様!」


「き、気になさらないでください!! 」


 マリーとヴェラが必死に慰めてくれる。突っぱねられると孤独を感じてしまうから、二人の存在にとても救われた。だけど、二人に気を遣わせるわけにはいかない。

 私は努めて笑顔で彼女たちに告げる。


「ありがとうございます。

 でも、私は平気です」


 何を言われても、めげない。きっと、アンドレ様にも事情があるはずだ。そう思って笑うことが出来るのも、前世の記憶があるからだった。



 前世恋人だった慎司は、誰にでもにこやかで快活な人だった。挨拶も欠かさず、慎司にはたくさんの友達がいた。

 私はそんな明るくて気さくな慎司に惚れたのであり、慎司みたいになりたいと思っていた。だから私は、挨拶と笑顔は欠かさない。私がずっとにこにこしていれば、いつかアンドレ様だって心を許してくれるのではないかと思っている。




「さぁ、楽譜作りが終わったら、ダンスの練習を始めますわ!」


 私は努めて元気に振る舞う。


「マリーやヴェラは、ダンスは踊れるのですか? 」


 マリーとヴェラは顔を見合わせた。そして、暗かった表情は次第に笑顔に変わっていく。


「私たちも、そんなに得意ではありません」


「ですが、リア様と一緒に特訓します!」


 その言葉が嬉しかった。だから私は、満面の笑みで告げていた。


「お二人とも、ありがとうございます!

 お二人が専属のメイドで、本当に良かったです」


「えぇ。私たちも、仕えるのがリア様で幸せです」


 そう言ってもらえるのが、この上なく嬉しい。


 (さぁ、マリーとヴェラのためにも、ダンス練習も頑張ります!! )


 私はぐっと手に力を込めたのだった。





 それから……暇人だった私の毎日は、急に忙しくなった。ルイーズ殿下のピアノの指導に、ダンスの練習。忙しいが、充実した毎日だった。


 ルイーズ殿下のピアノの指導は何とかなるものの、ダンスは破壊的に難しかった。ヒールの高い靴を履くだけで転びそうになる私。綺麗な姿勢を維持できず、お尻が出てきてしまう私。こんな私は笑われながら、プルプル震えながら、必死にダンスを練習する。


 私のダンスを見てまずいと思ったのか、執事長の指導にも熱が入る。


「リア様、ヒールの音を立ててはいけません」


「そこは胸を張ってください」


「ステップを正確に!」


 練習を終えた私は、ぜーはー肩で息をしている。慣れないヒールの靴を履き、足も擦り切れたり靴擦れになったりしている。だけど、負けない。


 こうやって、毎日必死で特訓して、少しずつ褒められるようにもなってきた。初めて私が踊った日は、あまりの下手さに執事長も落胆していたほどであった。だが、今は随分スムーズに踊れるようになり、日に日に執事長の表情も和らいできている。


 (この調子で頑張ります!)




 ルイーズ殿下のピアノのレッスンも順調だった。やる気のあるルイーズ殿下は、私の書き起こした『エリーゼのために』をすぐに弾けるようになった。そして当然、この名曲はこの世界の人々にも衝撃を与えた。城中の者がルイーズ殿下の演奏を聴き、感激しているのだ。その様子はもちろん嬉しいのだが、私は過大評価され過ぎでもあった。


「リア先生のおかげで、私はこの城一番のピアノ上手になったわ」


 殿下は嬉しそうに報告してくださる。


 そして、私の一番の悩みはこれだ。

 この曲はもちろん私が作曲者ではないのだが……


「リア先生、こんなに綺麗な曲が書けるなんて、本当に天才だよね!」


 いつの間にか、私が作曲者になってしまったのだ。


「で、殿下!この曲を作ったのは私ではなくて、ベートーヴェンという偉大な作曲家なのです!! 」


 私は冷や汗ダラダラで説明するのだが、ベートーヴェンの存在を知らないルイーズ殿下は信じてくれない。


「リア先生、またそんなことを言って。

 ベートーヴェンなんて知らないわ。照れ隠しはやめてよ!」


 ルイーズ殿下は笑顔で言う。


 (照れ隠しでも何でもないのです。

 ただ、私は人の功績を横取りするのは辛いのですが……)


 だが、いくら説明しても、ルイーズ殿下は信じてくれない。仕方なく、私は諦めるしかないと思い始めた。


 (まぁ、この世界には私の前世の世界を知る人がいないのだから、良しとしますか……)


 無理矢理そう思うことにした。

いつも読んでくださって、ありがとうございます!

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