引き取りましょうか、それを。
ある日。
僕の前に悪魔が現れた。
「引き取りましょうか、それ」
悪魔がそう尋ねてきたので僕は答えた。
「悪いが譲る気はないよ」
悪魔が首を傾げる。
「しかし、それ。もう使えなさそうですよ? それに役に立つとは思いません」
その通りだと僕は思ったが、僕はそれでも断った。
「ごめん。これだけは誰にも渡したくないんだ」
悪魔が困った表情で笑う。
「捨てちゃった方が良さそうですけど……後悔しませんか?」
僕は迷った末に頷いた。
「うん。後悔はしないかな」
「かしこまりました」
すると悪魔は深々と頭を下げる。
「ごめんね」
僕が言うと悪魔は顔をあげる。
その顔を見て僕は「あっ」と声をあげた。
すると、目の前に居た人物は穏やかに微笑みその場から消えた。
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僕の隣に座っていた娘が感嘆の声を漏らす。
「お父さん、絵描きさんみたいに絵が上手い!」
それを聞いて僕は微笑みながら答えた。
「嬉しいな。お父さんは昔、絵描きさんになるのが夢だったんだよ」
「なんで絵描きさんにならなかったの?」
不思議そうな娘に僕は答える。
「色々とあったのさ。本当に色々とね」
「絵を描くのをやめて辛くなかったの?」
「辛かったさ。一時は自分で全部捨てちゃおうと思ったくらいにね」
僕の脳裏にあの日、現れた悪魔の姿が思い出される。
夢を完全に捨てる……忘れることを提案してきた悪魔の事を。
「でも、絵を描くことはやめなかったんだ!」
「その通りさ。だからこそ、こうしてお前に絵を描く楽しさを教えられるのさ」
僕と同じ顔をした悪魔に。
いや、全てを捨てようとした僕自身に、心の中で僕は告げていた。
やっぱり、捨てなくて良かったよ。