7 交渉
「座標は完璧ですね」
お団子頭の女性がタブレットで何かを打ち込んでいる。ショートヘアの女性と白髪の多い男性が方々を見渡し、すっとこちらに視線を合わせた。
「あなた、日本人ね」
ショートヘアの女性が言った。
「そ、そうですけど、だ、誰……?」
新たに異世界へ喚ばれた者たちだろうか。脅えながら返事をすると、三人は上着の内ポケットから手帳を出して見せた。
「我々は警視庁生活安全部、異世界課です」
「異世界課……? 何それ。聞いたことないんだけど」
「レイカ、彼らは知り合いか?」
王に尋ねられて「いえ!」とかぶりを振った。
「はじめて見る人たちです」
「ですよね。我々は異世界に拉致された自国民を連れ戻しに来ました。つまりあなたのことです」
「はあ⁉ 拉致? 私が?」
おもわず声を大きくすると、三人は苦笑を滲ませた。
「拉致でしょ。それとも誘拐かしら。なんにせよ突然連れてこられたでしょう。あなたの意思など一切無視で」
「そっ、……それは……」
「違うの?」
戸惑いに返事を濁すと、ショートヘアの女性が尚も迫る。
自信に溢れた女は嫌いだ。警視庁ってことは、エリートなのだろうか。もっと刑事ドラマを見て勉強しておくんだった。どちらにしてもとにかく苦手なタイプ。見られるだけでもイライラする。
「違わないですよね。突然びかーっと光に包まれて、気が付いたら知らない世界にいましたよね?」
お団子頭の若い女が言った。
こっちも嫌いなタイプだ。同調するような優しい声で訊くくせに、中身の質は段違いにいいタイプ。自信というより性格がふてぶてしくて、同僚だろうが上司だろうが臆しないような。嫌い。そういうの。自分が真似したくてもできないタイプだから。
「どうなんです?」
白髪頭の男性が言った。
温厚そうな、というより怠そうな口調で。三人の中で一番親しみがあるけれど、腹の底が見えないタイプ。多分、一番食えない人。だから近づきたくない。
「確かに気が付いたらここにいましたけど……」
近寄りたくない気持ちと、こちらの腹の内を覗かれたくない警戒心とで、自然に王の後ろに隠れていた。
「では拉致です。あなたは拉致されたんです。この世界に」
「だとしたら何なのよ」
お団子頭の若い女を睨んだが、まったく怯む様子がない。
「ですから連れ戻します。我々はその説得と交渉に来たんです」
「そんなの、別にっ」
拘わったら厄介な感じがする。イライラしていると、王が胸を張った。
「我が国はレイカを招いたのだ。彼女は最も重要な国賓だ」
「では、その目的はなんです? わざわざ異世界から女性を拉致して、着飾らせて、一体何を要求しているのですか? 彼女は我が国の善良な一般市民です。その彼女に何をさせるおつもりで?」
ショートヘアの女性が王に負けじと返す。
「ちょっと! 彼は王様よ? その言い方は失礼でしょ。私は五百年に一度の聖女なの。選ばれてきたのよ! そして魔王を倒して呪いを解いて、彼の妻になるんですから!」
「なるほど。本命は魔王討伐ですか」
ショートヘアの女性は冷淡に言った。
「我が呪いを解くために、致し方ないことだ。呪いを解除するのは妻となる聖女自らがしなくてはならないのだから。これは必然なのだ」
「もし彼女が討伐に失敗したら、次の五百年まで待たれますか?」
お団子頭の若い女が言った。王をじっと見つめて。
その美しさに震えないだなんて、さぞかしイイ男を見てきたのだろう。じわじわと嫉妬心が胸に広がり蝕んでいく。
「それは……」
王の目が一瞬泳いだ。
「聖女を妻にするというのならば、失敗した場合次の方を召喚しますよね。そもそも五百年というのは、この国のどれほどの長さですか? それは地球での単位と同じでしょうか?」
「……え?」
若い女の発言に、胸がもやりとした。
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