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 躰から魂が抜けてしまいそうだ。異世界万歳。彼氏と別れて良かった。会社を辞めて本当に良かった。心底思い、そろそろと顔を起こすと、その手を優しく取られた。

「聖女よ。名を、教えてくれないか?」

「……わ、私は……」

 地味な名字に、地味な名前が脳裏を過り、咄嗟に女優の名を言った。

 ドラマ初主演の第一話を観て、あまりの大根振りにテレビに向かい四十五分間、文句を言い続けた女優だ。演技は目も当てられなかったが、顔だけはムカツクほど可愛かった。

 その名を告げると、「おお!」と青年王は目を輝かせた。

「レイカ! 美しい響きを持つ名だ。聖女レイカよ。――どうか、許されるならば我が愛をそなたに」

 まあ…! と、ホール中に感激の声が静かにさざめいた。後ろでユウクが興奮しているのがわかる。

「なりませぬぞ、王よ」

 禿頭の仙人髭をした小柄な老人が人々を掻き分け現れた。

「じい。私は決めた。レイカを伴侶とする。どうか私の願いを聞き入れてくれ」

「は、伴侶…っ」

 出会ってまだほんの少しの時間で、このハンサムは何の取り柄もない平々凡々な自分を伴侶にすると決めてしまった。目の前の彼が一体どんな性格をしているのか知らないが、今頷かないでいつ頷くのだろう。当然イエスだ。勿論だと大きく頷いてやろう。

 しかし、髭の老人は続けた。

「王よ、自らの呪いを忘れたか。愛した者は一年後に絶命するという、王家の呪いを」

 ああ…と、周囲が失意の息を漏らした。

「呪い…? 私が、一年後に死ぬの?」

「それは……だが私はレイカ、そなたに心を奪われた。この気持ちに偽りはない。呪いなど迷信に決まっている」

「いいえ。真実でございます。だからこそ、王の伴侶は聖女なのでございますぞ」

「……そうか……そうだな」

「あの…どうか私にもわかるように話してください。私が聖女であることに何か意味があるんですか?」

「勿論だ、レイカ。私の愛した者は一年後に絶命する。これは我が王家の呪いだ。そして伴侶は、呪いを解くために一年以内に魔王を討伐しなくてはならないのだ」

「私が……? 魔王を、討伐?」

「そうだ。だが一人で行かせはしない。腕の立つ兵士と国一番の槍使いを付けよう。弓使いもだ。侍女も」

「はいっ」とユウクが小声で頷いた。

「レイカが魔王を討伐した暁には、国を挙げての盛大な婚礼を行うとしよう」

「でも失敗したら……魔王なんて、私……そんなこと……」

 狼狽えると、老人が咳払いをする。一体なんなのよ、と苛立ち気味に老人を横目に見ると、わざとらしくもう一度咳をした。

「王に愛された以上、最早呪いは掛かったと見ていいでしょう。聖女殿、今覚悟を決めねば、どちらにせよ一年後には死にますぞ」

「――っ」

 そんな強引な話があったものか。

 おもわず泣きそうになったが、目の前には溜め息の出るような王様の美しい笑顔が。

『勿論行ってくれるよな?』と言う顔だ。ノーとは言わせぬ、優しい圧が返事を詰まらせる。

「わ、私……」

「君は聖女だ。五百年に一度の聖女だよ、レイカ」

「それに魔王なんて……どうやって倒せばいいのか……」

「腕の立つ者たちが必ずやレイカを助けてくれるだろう。自信を持て、レイカ。――それとも、私の愛はいらぬか……」

 途端に睫毛を伏せた王に「いえ!」と咄嗟にかぶりを振っていた。

「あ、愛されたいに決まっています!」

 彼氏と別れて、男なんてクソだと思っていたけれど。

 街で見かける好みの男たちを見るたび、並んで歩く勇気はないわ……と、自分の自信のなさに落胆していた。そんな男たちを上回るほどのハンサムが愛をくれる。

 当然愛されたいに決まっている。こんな男、逃がしたら一生自分を罵って生き続ける。

「では、レイカ。行ってくれるか?」

 真っ直ぐに見つめながら若き王は言った。

 初夏の太陽に照らされた青葉の瞳が美しい。彼の目に、自分は絶世の美女と映っているのだろうか。改めて訊く自信はないが、彼の言葉に揺れていた気持ちが固まった。

「私、魔王の―――」

 討伐に行きます。――そう言葉を続けようとした直後、背後から光の塊が押し寄せて視界を真っ白に染めた。

「……え……?」

 光は一瞬で消えたが、王は眩しそうに目を細めて美しい顔を顰めていた。皆も手で顔を隠したり、顔を背けたりとそれぞれだ。自分だけが背中を向けていたおかげで光の洪水を直撃しなかったようだ。

 振り返ると、ビジネススーツを着たショートヘアの女性とお団子頭の女性、そして白髪の多い男性がホールの真ん中に立っていた。

最後まで読んでいただきありがとうございます。


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