5 贅沢すぎる求婚
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ゲームもしないしアニメも観ない。そんな自分でも、用意された衣装がゲームかアニメキャラみたいだと思った。
七色の光沢を放つ金糸の糸で編まれた下着を上下ともに着けさせられて、シフォンのような心許ないほど薄くてひらひらする布をスカートのように巻かれた。頭の上からは花嫁のような純白のヴェールをすっぽりと駆けられて、その上から重たげな宝石が散りばめられたティアラのようなものを被せられた。
「とても素敵です! 聖女様は代々このお姿になられるそうです。お目にかかれて、とても幸せです!」
ユウクが蒼い瞳に涙を浮かべて興奮しているが、全体的に布が心許なさすぎて落ち着かない。けれど、人生でこんなにも煌びやかで、素人目にも高価な品だとわかるティアラは、ヴェール越しに鏡を見て興奮してしまった。
「それではこれより王の元へお連れ致します。きっと喜ばれますよ」
「求婚されてしまったりして」
きゃーっ、と娘たちが頬を赤らめながら歓声を上げた。
「そ、そんなわけないでしょう。どうしてそんな、いきなり……っ」
そんなことが本当に起こるものかと動揺のあまり声を震わせてしまった。
「ですが、王はまだお后をお持ちではないですし、聖女様は代々王に求婚されていますから。ああ……私のほうがドキドキしてきました……っ」
「やめて。そ、そんな変な期待をさせないで……っ、そ、それに私にだって好みがあるんだから」
「聖女様でしたら、国中の男性を魅了してしまいますわ。――さあ、ではご案内致します」
ユウクと他の娘たちが急にかしこまり一礼すると、観音開きのドアを開いた。
準備をしたこの部屋も豪奢な装飾がふんだんに施され、異国の王宮を思わせるような荘厳さがあったが、王との謁見ともなれば、更に豪奢な部屋へ連れて行かれるのだろう。
以前ドキュメンタリーで見たヴェルサイユ宮殿の鏡の間を想像しながら、緊張の面持ちで娘の後ろを続いていく。
途中、廊下に並ぶ大勢の女性たちに頭を下げられた。
女官と言うのだろうか。こういうとき、ゲームやアニメを見てイメージしておけば、少しは緊張もほぐれていたかもしれない。
何十人もの人々に頭を下げられながら長い長い廊下を歩き続けて、漸く娘たちが足を止めた。
「…っ」
人の背二つ分以上ある巨大な扉には、ドラゴンのような怪物たちがひしめき合い炎やら雷やらが柱を立てている光景が描かれていた。荒ぶるドラゴンの足下には人々がのたうち、中には剣を持ち空めがけ咆哮する勇者の姿がある。
まるで宗教画を思わせるような壮大な絵巻は、緻密な細工の陶器や宝石に彩られ、ただただ圧倒される。この扉の向こうに王がいるのだろうか。娘たちが脇へ移動すると、今度は鎧に身を固めた屈強な兵士がノブを握り、野太い声がけとともにゆっくりと扉を開いていった。
『聖女様、こちらに!』
扉が開かれると、すぐに中から男性の声がした。しかしその声が誰なのか確かめようにも、隙間から溢れ出てくる白色の光の海に飲まれてしまった。
眩い。あの駅前で光に包まれたときのことを思い出す。
一体どれほどの時間が経過したかわからないが、少し前の自分は焼き鳥と発泡酒とコンビニ菓子で失業保険支給期間中の、わずかな自由時間を謳歌しようと鼻息を荒くしていたのだ。
それが今や『聖女様』と呼ばれて豪華な衣装を身に纏っている。
夢だろうか――なんて、思わない。思いたくない。
夢だとしても稚拙な想像力しかないのに、こんな煌びやかな夢など見られるはずもない。
だからこれは現実だ。
本当に異世界に飛ばされて、『聖女様』になったのだ。
扉が開ききると光は収まった。途端に荘厳なホールが目の前に広がり、様々な色の肌をした人々が、衣擦れを立てて片膝を突きこうべを垂れた。
今日無職になったばかりの女に、皆がこうべを垂れる。なんだこの光景は――と、呆然とすると、ユウクがそっと手を差し伸べた。
「聖女様、お手を」
「あ、……ええ」
何が何だかわからない以上、この子に頼るしかない。小さな手にそっと手の平を重ねると、ユウクが一つ頷いて歩きだした。それに合わせて歩く。ドキドキして現実感がまるでない。そもそも現実では考えられないし、ここは異世界だ。現実感なんてあるわけがない。
大勢の人々がこうべを下げるなか、二人は玉座の前で足を止めると、ユウクはすっと背後に下がってしまった。
娘が下がると、膝を折っていた者たちがざっと、立ち上がる。
「あっ」
一体どうしたらいいの?
戸惑い、狼狽えていると、玉座に座る男性が席を立った。
ビクッと、脅えると、男性はヴェール越しにやわらかな笑みを描いた。
「聖女よ、待ち侘びた」
その笑顔の期待を裏切らない、優しい声音で男性は言った。
「直接顔を見せてくれるか」
「は、はい…」
弱々しい声で頷く、男性はヴェールをすっと持ち上げ、更に鮮やかな笑みを見せた。
その容貌ときたら、近寄るのも会話するのもおこがましいほどの端麗さで、全身から理性と正義が溢れ出ていた。軍服に似た衣装越しにもわかる無駄のない肉体。文句の付け所のない高身長に波打つブロンドの髪。そして青葉を思わせる活き活きとした双眸。
ハンサムすぎて目眩がした。
この男性が独身で、求婚するかもしれないだと?
ちょっと意味がわからないと、頭を抱えたくなってしまった。しかしハンサムを目の前に醜態を晒すわけにはいかず、ぐっと耐えて奥歯を噛みしめる。頭の中は大絶叫に大騒ぎだ。
ドキドキしすぎて、口から心臓が飛び出そうという状況を身をもって経験してしまった。
「聖女よ、あなたを待っていた。しかし、これほどに魅力的な者とは……」
うっとりと溜め息交じりに言われ、耐えきれず両手で顔を覆っていた。