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3 異世界課、残業は日々淡々と。

 *



 大学生の聴取を終えた女性捜査官は、イヤホンを付けて先程録音したばかりの音声を確認した。まさに凄まじい光とともに女性が消えた現場での聴取だ。

 音声を再生するなり、ザザッ…と、砂嵐のような異音がして、乱雑な電子音の隙間に青年の声が微かに入ってくる。

「大分雑音が入っているね。これは新鮮なデータだ。通報が早かったのが良かった」

 異音ばかりのボイスメモを止めて、すぐさまラボへと送信する。

 確認の電話をするよりも先に、送付先から着信があった。

『座標確認しました。こっちはすぐ取りかかれますよ?』

「これから車で戻っても一時間以上かかるから、それまででいいよ。途中で名物のうどん食べて帰るから」

『わー、いいなぁ。わかりました。とりあえず、二時間後ってことでいいですね?』

「そうだね。そうしておいて」

 通話を着ると、数名の捜査員が女性捜査員を見た。

「俺、さっき弁当食っちゃいました」と、若い男性捜査員が。

「夜に炭水化物はなぁ……せめて蕎麦にしたいです」と、小柄な女性捜査員が渋る。

「宇田の奢りだったら食う。稲荷寿司付きで」

 女性捜査官とは同期の男性捜査官が地面から顔を起こし言った。

 黒川と言う、三十半ばの年のわりには白髪の多い、疲れ顔の男だ。

「あ、それなら俺も」

「じゃ、私も」

 男性捜査官の発言に、先程までいい顔をしなかった若手が次々と手を挙げた。

 宇田と、呼ばれた女性捜査官は皆の顔をそれぞれ見て、呆れを滲ませる。

 ショートヘアの女性だが、目尻の垂れた容貌が凜とした姿に優しさを滲ませていた。

「奢るけどさ。稲荷寿司も付けるけどさ。君たちにプライドはないのか。特にそこの若手らよ」

「奢られる美味しさとプライドを秤に掛けたら、奢りのほうが断然魅力的ですよ。――話は変わりますけど、とりあえず残留物はありませんね。綺麗なものです」

「話っていうか、本題はそっちだろ」

 若い男性捜査官――唐津を指さし、宇田は言った。

 趣味がトレイルランニングというだけあって、スーツ姿でも無駄のない体つきをしている青年だ。庁内でも人気があるらしいが、本人は国内レースのことばかり考えている。

「残留物に関しては初めから期待していないが、最近この手のが増えたな」

 宇田が眉を顰めた。

「残留物を残していく連中はめっきり減りましたね。どこかでマニュアルが回っているんじゃないですか? 明らかに手が込んできたって感じがします」

 若い女性捜査官――橋本がタブレットの電源を落とした。

「まあ、そうだろうね。防犯カメラの映像は?」

「ラボに転送済みです」

 宇田の問いに、橋本が頷いた。

「ではここで我々のできることは終わった。警部、身元がわかり次第、こちらに連絡を」

 地元の警察官に伝え、宇田がワゴン車に乗り込む。橋本が後を追い、唐津が急ぎ足で運転席に着いた。

「黒川、早く乗れ」

 窓を開けた宇田に急かされ、黒川が最後に乗り込むと、ワゴン車は漸く出発をした。

「――黒川さん、何か気になることでも?」

 助手席から橋本が振り返り尋ねた。先日デジタルパーマを掛けたと嬉しそうにしていたが、結局下ろしているのが鬱陶しくなり毎日髪を結んでいた。

「……現場に落ちていたやつ。コンビニ菓子と焼き鳥と発泡酒だったなって」

「ああ、ええ。コンビニ菓子はともかく、焼き鳥と発泡酒は一人分って感じでしたね。嫌なことがあった日の、私のやけ食いに近い量です」

「すげー量の菓子だったぞ」

 橋本の意見に唐津がぎょっとしている。

「カロリーがすべてを癒やしてくれる日ってのがあるんです。カロリーは幸せのバロメーターなんですからね。それにお菓子は腐りません」

 橋本が口を尖らせた。

「あー、わかるわ。そういうの。私も年甲斐もなく貪りたい日がある。翌日後悔するんだけど。アルコールならいくらでも全然いけるのに」

 宇田がしみじみと言った。隣で黒川が渋面になっている。

「でも今日、水曜日だよな。そういう無茶は土日にしないか? もしくは金曜の夜とか」

「仕事なんてクソ食らえ――と、思っているなら無茶するかもね。さっきの聴取通り、女性が会社員なら、有給を使うか、辞めちゃったか。なんにせよ結構な量で宴会するつもりだったみたいだし」

「その理由がポジティブなものならいいが、その逆は面倒だな……」

 宇田に続いて黒川が心底面倒臭そうに言った。

「ま、異世界に飛ばされた時点で、大分面倒ですけどね」

 唐津が続ける。

「あ、唐津。その交差点を左折。すぐにうどん屋の看板が出てくるから、そこに入って。あ、そこそこ! その店だ」

「はいはい。宇田さん、来る前からやたら熱心にスマフォ見ていると思ったら、この店を調べてたんですか?」

「残業確定なんだ。それくらいの愉しみは必要だろう」

「この世界で最後の夕ご飯かもしれませんもんねぇ……」

「橋本、そういう不吉なことは言わないの」

 窓の外を眺めながら急に黄昏れる橋本に、皆は苦笑した。

「さ、皆さん、夕飯の時間ですよー」

 唐津の脳天気な声に、全員が「やったー」と脱力した声を上げ、停車したワゴン車から次々と降りていった。

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