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2 聖女、召喚す

 *



 カンチェンと言う名のもじゃもじゃとした生物の背に揺られ、小高い丘を下りた。

 途中、兜の男――マヒトと名乗った男は、事情を話す前に竹筒で作ったような銃を空目がけ撃っていた。

「今のは?」

 緑がかった雲一つない空の描かれた、小さな直線を眺めながらマヒトに問う。

「これは聖女様を見つけたという報せです。渡りを報せる鳥が五百年ぶりに鳴いて以来、王は私のこの報告を待っていたのです」

「……それは、私を見つけたって報告?」

「左様で。この報せに城の者が気付けば、すぐさま迎えが来るしょう。聖女様には、王の謁見の前にそのお役目に相応しいお姿になっていただかねばなりませんので、準備が必要なのです」

 マヒトの言う通り、丘を下りるとそこには既に屋根付き箱馬車が駐まっていた。馬車の前後には、マヒトのような鎧を身に纏った男たちが、こちらの姿に気付くなりうやうやしく頭を下げた。

「お待ちしておりました、聖女様。これより城へお連れします。この馬車にお乗り下さい」

 馬車の扉を開けられると、すかさず階段を設置してくれた。慣れない待遇に戸惑いながらおそるおそる馬車へ乗り込むと、後から十歳ほどの娘が乗り込み、にっこりと笑顔になった。

「聖女様のお世話をさせて頂きます。なんでもお申し付け下さいませ」

 少女はユウクと名乗り、また可憐な笑顔になった。


 馬車に揺られること暫く。

 体感として一時間くらいだろうか。緑の景色から徐々に家並みが見えはじめると、人々の声が漏れ聞こえてくるようになった。

 小窓を覗くと、皆が足を止めてこの馬車を見ている。こちらと目が合うと、「わあ!」と歓声を上げて忙しなく手を振ってみせた。

「ねえ、どうして皆は喜んでるの……?」

「皆、聖女様の登城を喜んでおられるんですよ。だって五百年に一度現れる聖女様ですもの。そのお顔を一目見られると言うだけで、どれほど幸せか。私もお世話できることが本当に嬉しいです」

「……私に会えて嬉しいの?」

「ええ! 本当名誉なことです」

 ユウクは瞳を輝かせながら、煌びやかな笑顔を作った。

 場所が場所ならアイドルとしてスカウトされそうなほど可愛らしい子が、人の世話をすることを名誉に感じている。

「そんなに聖女様ってのは、凄いことなの……?」

 おずおず尋ねると。

「それはもう!」

 ユウクは頭が取れそうなほど繰り返し頷いてみせた。


 ほどなくして、馬車は王城の門を潜った。

 どこかから聞こえるラッパのような、ホルンのような音は祝福の笛だろうか。

 それにしても、なぜこんなにも喜ばれているのだろうか。

 異世界に突然飛ばされてきた身としては、実感が湧かないまま城に到着し、馬車を降りた。

 それからユウクのような若い娘達に連れられ、王に会うための準備が始まった。

 見たこともないほど鮮やかな花々が浮かぶ、プールのような浴槽で隅々まで躰を洗われ、キラキラと細やかな光を放つオイルを髪にたっぷり塗られ、顔や躰にもとろとろの何かを塗り込められた。

「聖女様は大変お美しいお方ですから、私たちもお世話が愉しいです」

 十七、八の若い娘がはち切れるほどの笑顔で言った。

「お世辞はやめて。そういうの、しんどいから」

 眉を顰めて言った。

「お世辞だなんてとんでもない! 本当のことですよっ」

 娘が焦ったように言う。その娘さえ、ユウク同様、潑剌とした美人で、卵のような白い面立ちには染みも黒子も見当たらない。

 瞳は深海のように蒼く、髪は蜜のように蕩けていて、贅肉なんて知らないとばかりのスタイルだ。

 一方の自分ときたら、二十代半ばとはいえ、過度のストレスで目の下には濃い隈が浮かんでいるし、顔は貧血気味で全体的に青白い。それをつたないメイクで誤魔化して、鏡を見るたび虚しくなった。

 髪だってぱさぱさだ。美容室で高いトリートメントをしても、いつだってぱさぱさだ。

 ネイル? 会社で禁止されていた。そもそも安月給でする気もなかったけれど。

「この国では、聖女様のように軽やかな髪が尊ばれます。お肌も」

「黒子とシミだらけの?」

 自嘲気味に言えば「はい!」と、皆の羨望の瞳が集まった。

「聖女様のようなお肌は、宝石を散りばめた肌と呼ばれて、玉の輿は確実です」

「中には真似をして入れ墨を入れる者もいるほどですよ。ですが、そのお肌の色は化粧で真似できても、すぐに落ちてしまいますから。本当にお羨ましい……」

「本当に…」と皆々が溜め息を落とす様に、困惑しながらも悪い気はしなかった。

「……そうなの。……そう」

 ここは異世界だ。価値観も変わるということか。

「でもこの躰はそうじゃないでしょう」

 娘たちのように引き締まった躰ではない。下腹も出ているし、お尻も垂れている。

 運動もせず、ドカ食いと無茶なダイエットの結果が露わになったこの躰だ。

 誰も褒めてくれなくなって、私自身が愛している。でも、気になる部分はやはり、気になるものだ。

「聖女様のようなお躰つきの方は富を招くと大事にされます。正直申し上げて、何もかもが完璧すぎて、こうしてお世話させていただけることに興奮しております」

 話をするごとに娘は興奮に頬を桃色に染めて、語尾を強くした。娘の気迫にこちらは圧倒されて、「そ、そうなの」とただ驚くばかり。

 ここは異世界だ。

 何も知らないことだらけだけど、今の自分は民が羨むほどの存在らしい。

 そして五百年に一度の聖女だという。自分が聖なる女とは到底思えないのだが、もし本当に自分が選ばれた者だとしたら―――?

「……私、もしかしてとんでもない存在なの……?」

 一体何を期待して訊いているのだろう。自分の発言におもわず半笑いになった。

 ほんの少し前までコンビニ菓子を大人買いして、焼き鳥と発泡酒でテンションを上げていた自分が、今、異世界に来ている。これが選ばれた者の運命だとしたら?

 ぽつりと零した言葉に、お世話をする娘たちが「勿論です!」と、愛くるしい声を重ねていた。


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