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馬鹿王子、巻き込まれる その三

「ちょ、レニー……」


 自分の心臓の音がうるさい。

 顔が火照ほてるのが感じられる。


「へへっ。初心うぶだなぁ、マグは。お貴族さまはどうだか知らないけど、平民の間じゃ、好きになったら口付けくらいは当たり前だよ」


 軽い口調でそんなことを言いつつも、レニーの頬も真っ赤に染まっている。


「そういうものなんだ。でも、レニーだって慣れてなさそうだけど?」


 ちょっと意地悪くそう言ってみる。

 さすがにもてあそばれっぱなしじゃ悔しいからね。


「残念ながら、好きになった相手が堅物かたぶつだったもんでね」


 ……なんだか申し訳ない。仕方のないことではあるのだけれど。


「さて、それじゃあ、晩飯食べに行こうか」


 何事なにごとも無かったかのように、レニーは僕を誘って部屋を出たが、扉の前で立ち止まり、


「と、その前に。“結界”を張っておかないとね」


 そう言って、ふところから真鍮しんちゅうの筒を取り出した。

 中に入っているのは、鮮やかな緑色をした一匹の蜘蛛。もちろん普通の蜘蛛ではない。レニーの使い魔である魔道生物だ。


「よろしくね、プリコピーナ」


 緑の蜘蛛(プリコピーナ)は、レニーの手のひらの上からぴょんとんで、部屋のそこかしこ、特に入り口と窓を中心に、糸を張り巡らせる。

 これで、もし部屋に侵入しようとする者がいて、蜘蛛の糸に触れたら、体が麻痺するほどの衝撃を受けることになる。

 それを突破して部屋から何か盗み出したとしても、糸を辿って追跡が可能だ。


 もちろん、金目のものは肌身離さないし、部屋に置いていくのは野営用の毛布とか、そこまで貴重じゃない嵩張かさばるものだけなのだけれど。

 それでも、宿屋の鍵なんて信用ならない――らしいので、用心が肝要だ。

 そもそも、普通の旅人は常に荷物を身辺から離さないか、信用できる連れや従者に見張りを頼むかするものらしいから、僕らはまだましだと言えるだろう。



 ある程度大きな町の宿屋なら、二階が客室、一階が酒場になっていて、そこで食事も摂れるのだけれど、こんな小さな村の宿屋は、食材を持ち込んで共同の炊事場で自炊するものなのだそうだ。


「冒険者だったら、魔物を狩ってその肉を料理したりするものなんだけどね」


 レニーがちょっと残念そうに呟く。

 僕らはまだ冒険者らしいことは何もしてないからなぁ。


「これから嫌でもやることになるだろ」


「そりゃそうだ」


 近所の農家にお邪魔して、夏野菜を少々と鶏の卵を売ってもらい、野菜スープとオムレツを作る。

 と言っても、調理してくれたのはほとんどレニーだったけれど。


「王太子殿下がいきなり料理を作れたら、こっちがびっくりだよ」


 そう言ってレニーが笑う。

 僕もちゃんと作れるようにならないとな。


 宿屋の簡易食堂で食事をしながら、魔法学校での思い出話やら、レニーがご両親から聞かされたという冒険者の話やらに花を咲かせる。


「――今年ももうすぐ収穫祭か。毎年盛り上がったよねぇ」


 魔法学校でも、収穫祭に絡めた行事は色々執り行われる。

 特にダンスパーティーは、特定のパートナーがいる人に対しても踊りに誘ってよいという不文律があって大変だった。


本当ホント、マグはモテモテだったよね」


「はは。本音を言えば、リエッタ以外の女性と踊りたくなんて……、いやその」


 レニーを目の前にして言うべきことじゃなかったか。失言だな。


「ああ、気にしなくていいよ。第一、あたしは一度も踊りに誘ったりしてないしね」


「レニー、そういうのあまり好きじゃなかったもんな。そう言えば、一昨日の卒業パーティーで踊ったのが初めてか」


「そだね。ま、ああいうのはあたしのガラじゃないから、一度限りでいいや」


「君は根っからの冒険者だからね。……まあでも、モテてたってことなら、君も平民出身の生徒の間じゃ結構人気だっただろ」


「主に女の子に、だけどね」


 天才と呼ばれるにふさわしい実力と、気さくで偉ぶらない性格から、レニーは平民出身者たち、特に女子生徒の間で人気が高かった。

 そのかわり、貴族階級出身の女子からはひどく嫌われていたけれど。


「そりゃあ、お貴族様のプライドをずたずたにしてた自覚はあるからね。おまけに、王太子殿下のお気に入りだって言うんだから、そりゃあ憎たらしかっただろうと思うよ」


 お世辞にも慎み深い性格とは言えないレニーは、自らの実力も顧みず喧嘩を吹っかけてくる相手には微塵も容赦しなかったので、随分と陰口を叩かれていた。あまりにも目に余るようなのは僕も注意していたのだけれど、残念ながら逆効果だったようだ。申し訳なく思っている。


 そんなレニーにとって、言動や身だしなみについて口うるさくたしなめたりしつつも、陰口は決して口にせず時には防波堤にもなってくれたリエッタの存在は、貴重なものだったはずだ。


「うん、リエッタには感謝してるよ。今回命を救ってやったから貸し借り無しだけど。……ま、一部の貴族男子たちからは、()()()()モテてたけどね」


 そう。貴族出身者の中には、レニーを側室にしたいだなどと申し入れる者も少なくなかったのだ。


 魔法は魔物をも一撃で倒し、人間同士の争いにおいても戦局を一変させる、非常に強大な力だが、その資質は必ずしも親から子へと受け継がれるとは限らない。

 しかし王侯貴族たるもの、体面上も実利的な面からも、その力を掌握しようと欲する。

 それゆえに、魔力資質の高い平民女性を側室に迎え入れることは、幅広く行われている。


 魔法学校の卒業生たちは、その能力次第では宮廷魔道士になったり貴族のお抱え魔道士になったりという道も開かれてはいるが、女子の中には、せっかく学んだことを活かすことも出来ず、単に魔法資質の高い子をもうけるための道具にされてしまう者も少なくない。


 実を言えば、王国内の各貴族領においても魔法資質の高い子供がいれば王立魔法学校に入学させることが義務付けられてはいるのだけれど、子を産ませるためだけの道具に余計なことを学ばせる必要はないと、侍女見習いといった名目で早々に囲い込んでしまうケースもしばしば見られるのだ。

 レニーだって、生まれた地の領主次第では、魔法学校に入ってその天賦の才を開花させるという道を閉ざされてしまっていた可能性も、十分にあり得た。


「魔法って、確かに神が人類に与え給うた祝福でもある半面、ある種の呪いでもあるんだよな」


 僕がぼそりと呟くと、レニーは口元に手を当てて考え込んだ。


「あー。言われてみたら確かに、良い側面ばっかりじゃないかもね」


 魔法の才に恵まれず苦しむ者もいれば、魔法の才に恵まれたせいで人生を狂わせてしまう者もいる。

 すべては、魔法というものの力があまりにも大きすぎるがゆえだ。


「どうすれば、魔法に振り回される人たちが生まれない世の中を作れるんだろう……」


 などと考えかけて、僕は首を振った。

 今の僕は一介の冒険者。世の中を変えることが出来るような立場ではないのだ。


 レニーがじっと僕を見つめていることに気付く。


「いけないいけない。まだ王子様気分が抜けないなぁ」


 苦笑いする僕に、レニーはつとめて明るい声で言った。


「冒険者としての自覚が足りてないね。鍛え直してあげるから覚悟しときな」


「お手柔らかに頼むよ」



 そんな話をしつつ、食事を終えて、僕たちは部屋に戻った。

 結界に異常はなかったようだ。


「ま、小さな村だし、悪いことをしたらすぐにばれちゃうもんね」


 それはそうだな。とは言え、警戒しておくにこしたことはないだろう。


「さて、それじゃあ眠ろうか」


「そ、そうだね」


 手を出すつもりはない――のだけれど、やっぱり一つベッドで一緒に眠るというのはすごく緊張するな。

 すぐそばにレニーの体温を感じ、心臓が高鳴る。

 レニーも緊張しているみたいだし、この状態で眠れるのだろうか、と思ったが、しばらくするとレニーは安らかな寝息を立て始めた。

 環境が変わって、彼女も気を張っていたのかもしれない。

 何だか僕も眠たくなってきたな……。



 翌朝、僕たちは気持ちの良い朝を迎え、また昨日の農家さんから搾りたての山羊の乳と黒パンを買って、朝食をった。

 そして、シャロ―フォードへと向かおうとしたのだが――。ラークヒルの村を出る前に、僕たちは一人の若い男に声を掛けられた。

 冒険者っぽいいでたちのその男は、切羽詰まった表情でこう言った。


「君たち、冒険者だよね? ちょっと手伝ってくれないか。鎌蜥蜴かまとかげの巣を潰すのを」

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