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閑話 未熟剣士、惚れ直される(後編)

「遠慮せずに君も飲みなよ」


 そう言って俺は、並んでベッドに腰掛けたサニアに葡萄酒を勧めた。


 麦わら色の髪に茶色い瞳、さっきの年増女とは対照的に、あまり肉付きの良くないそばかす娘。

 年の頃は俺やバネッサとそう変わらないだろう。

 顔はまあまあ可愛いのだが、酒場の女って雰囲気はほとんどない。

 まだあまり慣れていないようだ。


 女の子が飲む分も当然客が持つ仕組みなので、高くはつくが仕方ない。

 あまり酒に強そうな雰囲気じゃないし、酔っ払って眠ってくれないもんかな。


「はい、ありがとうございます」


 サニアは酒を飲み干すと、頬をほんのりあかく染めた。

 よしよし。やっぱり強くないみたいだな。


「あの、それじゃあ始めましょうか」


 頬を染めたまま、サニアが服を脱ぎ始めた。

 酔い潰れてしまう前に、()()()()を済ませようということだろうか。

 真面目まじめというかなんというか……。


「ちょ、ちょっと待った! えーっと、その、言いにくいんだが、実は俺……、お、女の人に筋肉を見てもらうことに興奮するたちなんだ!」


「……はい?」


 サニアの目が点になった。

 ああ、そりゃあそうだろうさ。

 自分でも何言ってんだと思うが、今さら後には引けない。

 俺は上半身裸になると、立ち上がって両腕を肩まで上げ、肘を曲げて力こぶを作ってみせた。


「あ、えーっと、す、すごいですね」


 サニアは困惑しながらも、素直に感心してくれた。

 伊達に鍛えちゃいないからな。

 実際のところ、バネッサに筋肉を褒めてもらったらすごく嬉しいし、正直興奮もするのだが……。

 誰彼かまわず女性相手に筋肉を見せびらかすような変態趣味は持ち合わせちゃいないぞ。


「あ、君は脱がなくていい。女の人が服を着たままのほうが興奮するんだ」


 サニアが脱ごうとしていたので、慌てて止める。

 ううっ、ますます変態っぽくなっていく……。

 俺はバネッサにみさおを立てたいだけなのに。

 あ!? 「操」って言葉はまずあの女に教えてやれ、だと!? 余計なお世話だ。ぶっ殺すぞ!


 服を着たままのサニアの前で、後ろを向いて背中の筋肉を見せたり、前かがみになって腕を交差させ、胸の筋肉を強調したり、様々な格好を披露する。

 彼女は俺が決めてみせるたびに拍手をしてくれる。

 素直ないい子だな。

 まあ、あたしは一体何を見せられてるのだろう、といった本音が垣間見えたりもするのだが。

 俺だって、一体何をやっているんだろう、という気持ちで一杯だよ!


 しばらくそんなことを続けていると、手持ち無沙汰から酒をちびちび飲んでいたサニアは、大きくあくびをし、うつらうつらしはじめた。

 よしよし。そのまま眠ってくれていいぞ。


 とうとうサニアは、こてんと横倒しになりすうすうと寝息を立て始めた。

 やれやれ。ようやく眠ってくれたか。

 俺も疲れたよ。主に精神的に。

 隣で眠るくらいは浮気に含まれないよな?


「ご、ごめんなさい、お客さん!」


 翌朝目が覚めると、サニアから平謝りに謝られた。


「いいよいいよ。気にしないで」


 そう言ってやったのだけれど、彼女は納得せず、昨夜ゆうべ俺が払ったお金を返そうとしてきた。

 何もしていないのにいただくわけにはいきません、だと。本当に真面目な子だな。

 でも、俺の方から仕向けたことだからなぁ。


「いいから取っときなって。君を起こさなかったのは俺の勝手なんだし、他のお客相手なら稼げていたお金を、俺に当たったせいで稼げなかった、っていうのはかえって申し訳ないし」


「でも……」


「じゃあ、さ。店が引けた後、ちょっと付き合ってもらえるかい?」


 俺がそう言うと、サニアは少し眉をひそめつつも納得がいったようだった。

 これは()()()()()()経験が豊富な先輩冒険者から聞いた話なのだが、要するに店の外で会うようにすれば中抜きされない分男にとっては安く遊べ、女にとっても効率は良くなるのだとか。

 ただし、もちろん店にバレたらただでは済まないって話だが。


「わかりました。お店を出たら、北へ行く通りの二つ目のかどを右へ曲がったところで待っていてください」


「わかった」


 俺は一足先に酒場を出て、言われた場所でサニアを待った。

 彼女と合流し、家まで送っていくよと提案する。


「え? そんな……、申し訳ないです」


 遠慮というより、家を知られることに抵抗があるのかもしれないが、俺は強引に押し切り、一緒に彼女の家へと向かった。


「あの、お客さん……」


「マークでいいよ」


「わかりました、マークさん。あのぅ、失礼なことを聞きますけど……。マークさん、あたしを抱くつもりはないんじゃないですか? ひょっとして、お目当てはトッドさんですか?」


 うっ、バレちまった? そりゃあ、色々怪しさ満載だったとは思うけれど。


「あー、ごめん。実はそうなんだ。ちょっと大事な話があってね」


「トッドさんの……仲間なんですか?」


 不安そうな表情を浮かべるサニア。

 あれ? 彼女、トッドにたらし込まれて家に住まわせているのかと思っていたのだけれど、もしかして、トッドのことを恐れているのか?


「仲間ってわけじゃないんだけどな。サニア、君、トッドに惚れてるわけじゃあ……ないのかい?」


 思い切って聞いてみると、彼女は勢い良く首を振った。

 なんでも、気の弱い性格に付け込まれてなし崩しに家に転がり込まれ、幼い弟を人質のような恰好にされてしまって、追い出すこともできない状態なのだそうだ。

 彼女は両親をやまいで亡くし、酒場で体を売りながら、弟を育てているのだという。

 ひどい話だな。何とか力になってやりたいが……。


 そんなことを考えていたら、若い男が僕らを追い抜いて行った。

 あれ、今のは雷団いかずちだんに所属しているチンピラの一人じゃなかったか?

 そいつが一軒の小さな家の扉を叩くのを見て、サニアが不審そうに呟いた。


「あの人、朝っぱらからあたしの家に何の……、ひょっとしてトッドさんの知り合いかしら?」


 そう考えて間違いないだろうな。

 トッドが顔を覗かせると、案の定、親しげに招き入れようとした。お前んじゃないだろうに。

 しかし、男はそれを固辞し、逆にトッドをかした。


「そんな暢気にしてる場合じゃねえんだよ! 昨夜ゆうべ商館が襲われて、商館長はじめ大勢殺されたんだ!」


「は!? 何だそれ。え、じゃあ、おん……()()の引き渡しは!? 今日の約束だったろ!?」


「そのことで、ボスが皆を集めろって言ってるんだよ! トッド(おまえ)もすぐに来てくれ!」


「わ、わかった!」


 よほど切羽詰まっているのだろう。玄関先で大声でそんな会話を交わしている。

 まだ朝早いので、人通りはほとんど無いんだけどな。

 俺たちが十歩ほどの距離にいることも気にしていない、ひょっとしたら気付いてもいない、という感じだ。

 あ、今こっちを見た。

 けれど、今はそれどころじゃないとばかりに、二人の男は駆け出した。


「ごめん、サニア。俺あいつに用があるから!」


 そう言い残して、俺はトッドたちを追いかけた。

「商館長」がどうのこうのと言ってたけど、一体何があったのだろう。

 この町で一番大きい商館といえば、ヴェルノ商会のファルナ支店、というより、「商館長」なんて呼び方をされるのは、そこの支店長と考えてまず間違いないだろう。

 殺された、って一体誰に?

 そして、「女」と言いかけて「商品」と言い直してように思えたんだが、それってまさか……!

 ルーシーをさらったように、また女子供を攫って売り飛ばそうとしている? しかも相手はヴェルノ商会だった、のか?


 考え事をしながら走っていたので、後ろから迫って来た相手に気付かなかった、というのは剣士として不覚と言うしかない。

 いきなり頭をどつかれ、振り返ると見慣れた顔があった。


「バネッサ!? ど、どうしてここに!?」


「どうしてもこうしてもないでしょうが! ルーシーの葬儀に顔を出さなかったくせに、夜遊びなんかして! あちこち探し回っていたら、たまたまあんたが走ってるのが見えたもんで、追いかけて来たのよ!」


 そ、そうだったのか。

 いや、今はそれどころじゃないんだった。


「詳しい話は後でする。とにかくトッドのやつを追いかけなきゃ!」


「トッド? あのチンピラ女誑おんなたらし?」


「そうだ。ルーシーが攫われた件に関わってるみたいなんだ」


「それを早く言いなさい!」


 いきなりぶん殴ってきたんだろうが、というのは腹に吞み込み、俺たちはトッドを追った。

 あやうく見失うところだったぜ。


 連中は一軒の家に入っていった。

 この古びた感じ、どうやら長く放置されている空き家みたいだな。

 こんなところをたまり場にしていたのか。

 気配を殺し、壁の破れ目から中を覗き込む。


「……で、どうするんだ? 今の状況じゃ、引き取っちゃもらえねえぞ」


「代わりの買い手を探す、とか?」


「馬鹿、そんなの簡単に見つかるかよ!」


 商売相手が急に潰れた、みたいなやり取りをしているが、その()()てのはやっぱり……。

 見ると、二人の女性が縛られて床に座り込んでいた。

 一人は、十二,三歳くらいの少女。そしてもう一人は、二十歳過ぎの女性だが、知っている顔だ。

 テレーズ。こいつらに捕らわれていたのか。


()()するしかねえだろ。バラして埋める……、いや、商館長たちは吸血鬼ヴァンパイヤられたらしいから、それっぽく偽装して裏路地に放っておくってのが世話がないか」


「ちぇっ、もったいねぇな。あ、そうだ。()()だからって我慢してたけど、どうせならる前にっちまおうぜ」


 はらわたが煮えくり返るような会話をしていやがるな、っておい! ちょっと待て!

 連中の会話が腹に据えかねたのだろう。

 バネッサは窓を蹴破けやぶって中に飛び込んだ。


「なんだてめえは……、き、狂犬バネッサ!?」


「その綽名あだなで呼ぶなぁ!」


 馬鹿な男が、血しぶきを上げて倒れ伏す。

 あーあ、しょうがねぇな。

 俺も慌てて参戦する。


 こういう連中を中途半端に生き延びさせたら後の祟りが怖い。

 皆殺しにするしかないな。

 以前、ベルナーさんたちに連れられて、山賊討伐ならやったことがあるので、人間相手の斬り合いは経験済みだ。

 どうやらルーシーを攫ったのも間違いなさそうなので、情けをかけるいわれもない。


 室内にいた男どもは十人あまりだったが、あっという間に半分に減った。

 が、そこで新たに乱入してきた連中がいた。

 雷団いかづちだんの新手か!?


「派手にやってくれたな。間に合って良かったよ。貴重な証人を皆殺しにされてはかなわん」


 あれ、この人確か……。


「王都の衛兵隊長さん!?」


 バネッサが叫ぶ。

 ああ、そうだそうだ。

 その男の人も頷いた。


「ケビン=タイラーだ。ご協力感謝する」


 律儀に一礼し、タイラーさんとその部下の人たちは、雷団いかづちだんの生き残りを一網打尽にした。

 トッドと、団のボスも生け捕りになった。


 タイラーさんから改めて話を聞くと、ヴェルノ商会が、ファルナの支店だけでなく、商会全体で人身売買に関わっており、王都の衛兵隊は何とかして証拠なり証人なりを手に入れたがっていたのだとか。


「けど、何でこんなに都合よく現れることができたんです?」


 俺が尋ねると、タイラーさんは笑って、


「君が何か知っているらしいと、そこのバネッサ嬢が言っていたのを聞いた人がいてね。部下に見張らせていたんだよ」


「え? それってマグのことですか?」


 バネッサが尋ねる。


「そうだ。マグ……、いや、今朝早々にこの町を離れられたそうなので、ご正体を明かすとしよう。あのお方こそ、恐れ多くもこの国の王太子。マルグリス殿下にあらせられる」


 王太子殿下!? おい、嘘だろ。俺散々無礼を働いて来たんだけど!?


「心配するな。殿下は寛大であらせられる。それに、事件解決に協力してくれたしな」


 首が繋がった、のか?

 あれこれありすぎて混乱し、俺はその場にへたり込んだ。

 バネッサも安堵の表情を浮かべていた。



 それから数日後。

 俺とバネッサは城壁の外へ出て、鎌蜥蜴かまとかげの巣を潰すという依頼を無事片付け、木陰で寝そべっていた。


「スティーブ坊ちゃんのこと、男として魅力を感じたことは一度もなかったけど、まさか人身売買に関わっていたとはね」


 バネッサが吐き捨てるように言う。

 伯爵家は商会の悪事を知っていて、あろうことか袖の下を取っていたのだという。


「だから言ったじゃないか。あんなやつと付き合うのはせって」


「ああ。今回ばかりはあたしも反省してるよ」


 タイラーさんの話だと、伯爵家もおとがめなしでは済まされないはずだが、どの程度の処分になるかは、治安局の偉い人の頑張り次第なのだとか。

 雷団いかづちだんの生き残りたちは、取り調べを受けた後、全員処刑される見込みだって話なんだけどな。

 これだから貴族ってやつは。


 テレーズは、やはりトッドに命じられてルーシーを誘い出し、かどわかしの片棒を担いだのだそうだ。

 しかし、ルーシーの亡骸が見つかったらしいという話を聞いて、罪の意識に駆られ、自首しようとしたため、団に捕らえられて売り飛ばされかけていたのだとか。

 情状酌量、だっけ? それの余地ありってやつで、修道院送りで済むんじゃないか、という話だ。


 それと、もう一人売り飛ばされかけていた女の子は、父親と二人暮らしだがそいつが飲んだくれのクソ野郎で、だから娘がいなくなっても騒ぎ立てなかったらしい。

 ベルナーさんの奥さんが面倒を見ると言い出して、さてどうなることやら。


「それにしてもマーク、今回は大手柄だったよね。見直したよ」


「惚れ直した?」


「そうだね。惚れ直した」


 そう言って、バネッサは俺に覆いかぶさった。



 ギルドへの報告を済ませてから道場に戻ると、若い娘が元気な声を掛けてきた。


「おかえりなさい、マークさん」


 サニアだ。

 彼女はあの後酒場の仕事をめ、デボラさんの仲介で真っ当な食堂で働き始めた。

 そして、彼女が仕事の間、幼い弟は道場で見てやることになったのだ。

 彼女自身も、時間のある時には道場の掃除などを甲斐甲斐しくやってくれている。


「ありがとう、サニア。でもそんなに気を使わなくていいんだぜ」


「いいえ、マークさんには恩返しをしなきゃいけませんから。それに……」


「それに?」


「まだ()()()()を果たしていませんしね」


 そう言って、意味ありげに微笑む。


「ふうん。マーク、モテモテだね」


 背中に刺さるバネッサの視線が痛かった。

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