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馬鹿王子、師を得る その十一

大変長らくお待たせしましたm(_ _)m

 盗賊団がねぐらにしていたという砦へ向かうアンジュ様たちと同行することにした僕たち。

 しかしその前に、ケビンには状況を伝えておかないとな。


「あたしがアデニードでひとび行ってこようか、マグ?」


 レニーがそう提案してくれたけれど、大丈夫だよ。

 僕はふところから使い魔を取り出した。


「ラーブス」と名付けているそれは、レニーの緑色の蜘蛛(プリコピーナ)と同じく、魔法学校の授業の時作った魔道生物。

 紙折り細工の鳥の姿で、普段は折りたたまれた紙にしか見えないが、魔力を注いでやると膨らむ。


 ケビンへの手紙をわえ付けられたラーブスは、ひらひらと飛んで行った。

何処どこそこの誰それのところへ行け」などと言ってやって実行できるほど高性能ではないが、あらかじめ記憶させた何箇所かへ飛ばせるのと、もう一つ。僕の魔力を辿ることができ、逆にさっき僕がいた場所へ戻れというのも実行可能だ。


「心配するななんて書かれた手紙を受け取っても、ケビンさんも困惑するだろうけどね」


 レニーがぼそっと呟く。

 いやまあそうなんだけどね。

 頭を抱えるケビンの姿が思い浮かんだが、後できちんと事情を説明して謝ることにしよう。


 アデニードは一旦お役御免で、レニーが魔方陣布に封印する。


「へえ、今の時代は便利なものがあるんだね。レイニーはいちいち魔方陣を描いていたけど」


 それはそれですごいことだと思うが、ロレイン様の業績を継承発展させたものも含め、五百年の間に多くの先人たちが試行錯誤を重ねて、今の時代の魔道技術がある。

 その一方で、個人の技術レベルで言うと、ロレイン様を超えるほどの人材はいまだ現れてはいないのだが。



 四人で砦へ向かう途中、レニーがアンジュ様に話しかけた。


「あの……。聞きにくいことをお尋ねしますけど、アンジュ様が出奔なさった理由って、やっぱりガリアール様の浮気が原因なんですか?」


 本当に聞きにくいことをずばっと聞くな。さすがはレニーだ。


「あん? いや、ガリィは浮気なんかしてないよ。何人も側室を入れたのは政治の上で仕方のないことだったってのは理解してるし。ただ、あたしは辛抱できなかった。それだけのことだよ」


 うーん。たしかに、王国再興にあたって生き残り貴族たちの協力をあおぐためには、彼らの娘をガリアール様が側室に迎えることも必要な措置だっただろう。

 その一方で、アンジュ様の気持ちも理解できる。


「それに、ガリィが本当に愛していたのはあたしたち三人だけだった、っていうのは、晩年のレイニーとノーラも口を揃えて言ってたしね」


「あ、お会いになったんですか? 『ノーラ』というのは……」


「聖女ユグノリアの愛称だよ。……まあ、すごく気まずかったけど、最期の別れはしたかったからさ。もちろんガリィにも会いに行ったよ」


 そうなのか。

 もちろん、剣聖アンジュが(ヴァン)、もとい夜を統べるもの(ナイトロード)になってガリアール王や女傑たちの最期を看取った、なんて話は伝わっていない。三人とも黙したままったのだろう。


「三人、という時点でどうかと思うがな」


 ぼそっとそう呟いたバートさんは、アンジュ様に睨みつけられてそっぽを向く。


「……そりゃあ、あたし一人を愛してくれるにこしたことはないさ。で、実際にそんな相手に巡り会えて、五百年も一緒にいられたんだから、あたしは幸せもんってことなんだろうね」


 アンジュ様の言葉に、バートさんはそっぽを向いて無言のままだったが、その横顔はほんの少し照れているように見えた。


「そうですねぇ。王子様に見初みそめられて側室の一人になるより、冒険者になって愛する人と二人ですごせるほうが、断然いいですよね」


 レニーがそんな独り言――いや、わざと僕に聞かせようとしているんだろうな――を呟く。


 正直な話、リエッタを正室に迎えた上でレニーを側室にする、という案はかなり真剣に考えたことがある。

 リエッタのことを愛しているから側室は置かない、などという理屈は通らないだろうから、どうせ側室を迎えるのならレニーを、と思ったのだ。

 けれど、彼女の身分のことはさておいても、彼女は鳥籠に閉じ込められて生きていけるような人間ではないだろう。

 やはり、僕がレニーと結ばれるとしたら、今のような形しかなかったのだろうと思う。


「ところで、レイニーじゃなくてレニーと、マグだったっけか。あんたたち恋人同士なのかい?」


 アンジュ様がにやにやしながら尋ねてきた。興味がおありなんだな。

 レニーは黙って僕を真剣なまなざしで見つめている。

 僕が答えろってことか。


「はい。そうです」


 そう言い切ることに全く躊躇ためらいがなかったわけではないが、やっぱりごまかすわけにはいかないよな。

 レニーは耳まで真っ赤になっていた。僕だって恥ずかしいよ。


「ふん、甘酸っぱいやつらだな」


 バートさんが呟く。

 いえいえ、あなたたちだってたいがいだと思いますが。



「さあ、着いたぞ」


 バートさんがそう言い、僕たちは苔むした砦の門をくぐった。

 古い砦ではあるものの、それなりに手入れはされているようだ。

 骸骨兵スケルトンが槍をたずさえ、直立不動で僕たちを出迎える。

 太陽の光を浴びたらたちまち消滅してしまうが、戦闘力はそこいらの騎士をしのぐのだとか。それが全部で六体。新たな盗賊団がやって来たとしても、十分撃退できるだろう。


 砦の中で、僕はマドラを召喚した。


「ほう、黒妖犬ブラックハウンドかい。なかなかいい使い魔を持ってるじゃないか」


 アンジュ様に褒めていただけるとは光栄だ。マドラも心なしか嬉しそうに尻尾を振っている。

 けれど、バートさんは軽く首をかしげ、


「たしかに、普通の犬以上に嗅覚は優れているのだろうが、ちょっと条件が悪すぎるだろう。攫われてきた女子供がどこに連れていかれたのかを追跡するといっても、俺たちが盗賊どもを退治した時に捕らえられていた子たちは解放してやったからな。それ以前に捕らわれていた子たちの痕跡を追う、というのはさすがにもう無理ではないか?」


 うーん、それは確かに。

 よしんば、砦の中に残ったにおいを見つけることはできたとしても、外に出てしまえば雨だって降ったことがあるだろうし追跡は不可能だろうな。

 さて、何か手掛かりはないものか、と考えながら砦の内部を探って回る。


「あれ、これって、元からあったものですか?」


 僕は砦の片隅に設けられた騎馬用の厩舎きゅうしゃにやって来て、そのそばに置かれた一台の荷馬車に目をとめた。

 行商人が使うもののようだが、丈夫そうなほろもついており、なかなかしっかりした造りだ。


「ああ、それかい? 盗賊どもが行商人を襲って奪ったものかと思ってたんだけどね」


 たしかに、積み荷ごと奪ってここまで運んできた、という線もありえるだろうけど。


「馬はいなかったんですか?」


「厩舎に二頭だけ繋がれていたが、攫われていた子たちを親元へ連れて行ってやった時に、村長むらおさに引き渡したよ。世話するのは面倒だからな。……ああ、なるほど。その時にはそんな発想は浮かばなかったんだが、これで“商品”をどこかに運んでいたってことか」


「その可能性はあると思います」


 マドラに荷台の中のにおいをかがせる。複数の女性や子供のにおいが残っていないか尋ねると、いきおいよく尻尾を振った。当たりだな。


「馬が繋がれていたのはどのあたりですか?」


 マドラに馬のにおいと荷馬車のにおいを覚えさせ、跡を辿らせる。

 もちろん、これだってかなり日数は経過しているだろうけれど、繰り返し同じ場所との間を行き来していたとしたら、マドラの鼻ならなんとかなる可能性はある。


 マドラは苦心しながらも、においを辿って行った。

 アンジュ様は、バートさんに今日は疲れただろうお前は休んでいろと言われて、年寄扱いすんななどと言い返しながらも、砦で休んでいる。

 僕とレニー、そしてバートさんでマドラの後を追い、行きついた先はファルナ市内だった。

 そこは広大な敷地の荷積にづみ場で、何台もの荷馬車がひっきりなしに出入りしていた。


「おいこら。冒険者が一体何の用だ?」


 体格の良い男が僕たちを見咎める。


「いえ、このが何かのにおいに興味を惹かれたようで。すぐに立ち去ります。ええっと、ここは……」


 男は背後の広壮な商館を親指で指し示しながら言った。


「ヴェルノ商会の名は知ってるだろう。王国一の規模を誇る商会だ。ここはそのファルナ支店だよ」


 ヴェルノ商会か。

 ヴェルノ伯が経営している商会だ。

 五代以上遡った系図は全く信用するにあたいしないと言われている新興貴族だが、海外交易を取り仕切る役所である市泊しはく公司こうしを牛耳り、わが国随一の富豪と言われている。

 そしてその財力に物を言わせ、成り上がり者と見下す名門貴族たちに対しても、資金援助という名の首輪をつけてしまっているともっぱらの評判だ。


 王都の治安局も、人身売買組織の裏に大物貴族が一枚噛んでいるのではないかと見ていたようだが、まさかヴェルノ伯とはね。


 いや、まだ決定的な証拠を掴んだわけではないのだが。


「落ち着いてください、バートさん。何をするつもりですか」


「何もするわけないだろう。証拠もないのに、人間の、それも影響力の大きい商人のところに乗り込んで行って関係者を皆殺しにするほど、俺は短慮ではない」


 いや、そういう発想が出てくる時点でかなりヤバいのですが。

 やっぱりこの人、根本的な部分で“人間”ではないんだよな。


「とりあえず、ケビンに報告して後のことは考えてもらうか」


 僕はそう呟いた。

 もちろん、人身売買組織やそれに関わっている貴族たちを野放しにするのは本意ではないのだが、今の僕は一介の冒険者にすぎない。

 しかも、ヴェルノ伯となれば、王太子としての僕が全力で挑んでも潰せるかどうか心もとないほどの相手だ。


「そうだね。あたしらにできるのはここまでかな。あと、おなかすいた」


 レニーが言う。

 そうだな。もう日もかなり西に傾く時刻だし、僕もお腹はすいている。


 荷積み場から程近い路地に、何軒か屋台が出ていた。

 労働者向けの食事を提供しているようだ。

 あまり味には期待できないだろうけど、仕方ない。

 僕たちは一軒の屋台でモツ煮込みスープと薄焼きパンの食事を購入した。


「ふうん、意外にくさみは少ないんだな」


 内臓モツの下処理が丁寧にされているということなのだろうか。

 それに、タマネギやセロリなどの野菜も入っていて臭み消しの働きをしているようだ。

 塩加減が若干強めなのは、汗をかく労働者向けだからなのだろう。


「ふん、悪くはないな」


 鼻を鳴らしながら、バートさんがスープを口にする。


「ええっと、バートさんもこういうもの食べるんですか?」


 レニーが躊躇ためらいがちに尋ねる。


「あまり意味はないが、人間と同じ食事も食おうと思えば食える。ジュジュのやつが食いたがるものだから、それに付き合っているうちになんとなく、な」


 へえ、そういうものなんだな。

 アンジュ様の場合は、やはり元人間だからなのだろう。

 ちなみに、生き血を飲むのは月に一回程度でも十分なのだそうだ。


「……ああ、それから、俺の名は『アルバート』だ。ジュジュ以外の者に、気安く愛称で呼ばれる筋合いはない」


 それは失礼。これからはアルバートさんと呼ばせてもらいます。


退退退けぃ!」


 僕たちが食事をしている傍らを、一騎の騎馬が走り抜けていった。

 おいおい。ファルナに限らずどこの町でも、町中まちなかでの騎乗は禁じられてるはずだぞ。

 いやちょっと待て。今のは……。


「今の、スティーブだったよね?」


 ああ。多分見間違いじゃないはずだ。

 ヴェルノ商会の支店に駆け込んで行ったけど,一体何の用だろう。

 死人こそ出ていないものの、「吸血鬼ヴァンパイヤ」討伐が失敗に終わって、その対応に追われているんじゃないのか?


「まさかとは思うが……。スティーブ、あるいはファルナ伯爵家はヴェルノ商会の人身売買を知っていたか、あるいは積極的に加担していて、ケビンたちの目をアルバートさんたちに向けさせようとしたのは、ヴェルノ商会をかばうためだった、とか……」


「うーん、まさかと思いたいとこだけど、確かにあいつ、妙に前のめりだったよね」


 レニーも眉根を寄せてヴェルノの商館を睨みながら言う。

 よし、ちょっと探りを入れてみるか。

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