馬鹿王子、師を得る その七
宿で朝食を摂っていた僕たちを訪ねてきた四人の男たち。
まず一人目はグラハムさんだ。
ちょっとお疲れ気味のような気がするが、何があったのだろうか。
その隣にいるのは、武骨な槍を携えた四十代くらいの逞しい男性。
精悍な顔つきだが、目元は泣きはらしたように赤くなっている。
もしかして、彼が昨日バネッサの話に出ていたベルナーさんだろうか。
そうなのだとしたら、娘さんは残念な結果だったということになるな。
三人目は、二十代半ばくらいの若い男。身なりなどから推察するに、貴族のお坊ちゃんらしい。
こいつがファルナの町の領主ファルナ伯の息子なのかな。バネッサを愛人にしているという。
なるほど、魔力だけはそこそこあるようだな。
それに、そう思って見るせいもあってか、女好きそうな印象だ。
そして最後の一人は――。
「げっ!? で……」
僕が慌てて目配せしたことに気付いて、彼も慌てて言葉を飲み込む。
そう、この男は顔見知りだ。
王都の衛兵隊の分隊長の一人で、名をケビン=タイラーという。年は確か三十を一つか二つ越えたくらいで、タイラー子爵家の当主でもある。
何故彼がこんなところにまで出向いて来たのか――。
例の吸血死体遺棄事件の捜査だろうか?
取りあえず話を聞こうか、と思っていると、お坊ちゃんらしき若い男が口火を切った。
「飛竜を使い魔にしている魔道士というのはお前か?」
レニーを見ながら言う。
おい、視線が胸元に釘付けになってるぞ。
不快な様子を隠そうともせず、レニーが答える。
「そうだけど、だったら何?」
「くっ! 無礼なやつめ。これだから平民は……」
「スティーブ殿」
レニーの態度が癇に障ったらしい男を、ケビンが静かに窘める。
うん。何だか知らないがさっさと話を進めてくれ。
男は鼻を鳴らして言った。
「俺はこの町の領主・ファルナ伯爵家の嫡男で、スティーブという者だ。こちらは王都の衛兵隊の第三分隊長で、タイラー子爵とおっしゃる。できれば貴様らにも協力してもらいたい」
「協力?」
スティーブとやらの言葉に首をかしげるレニー。
「ああ、そうだ。吸血鬼討伐の、な」
偉そうにそう宣言したが、正直話がよく見えてこない。
例の吸血事件の犯人、というか犯吸血鬼がこの近くにいるということなのだろうか。
スティーブに代わってケビンが語るところによると、話のあらましは次のようなものであるらしい。
二ヶ月ほど前から、王都の貧民街に、血を吸われた痕跡のある身元不明の死体が遺棄されるという事件が相次いで発生していた。
被害者の身元について捜査が行われたが、一向に手掛かりは掴めず、どうやら王都在住の者ではないようだ、ということしかわからなかった。
王都の外から連れて来られて殺害されたか、それとも死体を運び込んだのか。
死体の状態からおそらく前者だろうと、王都治安局では判断していたそうだ。
しかし、手掛かりは一向に見つからず、治安局も焦りを覚えていたところ、被害者の一人について、知り合いではないかと申し出る者が現れた。
そいつはファルナ出身の若い男で、王都で一旗揚げてやるなどと言って家を飛び出したものの、まともな仕事にはありつけず、貧民街に身を落とすこととなり、故郷にいた頃の顔見知りではないかと思われる遺体と遭遇した。
それが、ベルナーさんの三女のルーシーだったというわけだ。
治安局、そしてその麾下の衛兵隊は、ようやく見つかった手掛かりに飛びつき、ファルナに使者を送ってベルナーさんを呼び寄せた。
そして、その遺体が彼の娘――友達の家に遊びに行った帰りに行方がわからなくなっていた、十四歳のルーシーであることを確認した。
ファルナで何か手掛かりが得られるのではないかということで、ケビンは部下を率い、ルーシーの亡骸の移送も兼ねて、この町までやって来た。
で、領主ファルナ伯の協力を仰ごうとしたところ、嫡男のスティーブが、犯人は近くの村の外れに巣食っている吸血鬼に違いない、などと言い出した、という次第なのだそうだ。
「この町から北へ半日ほど行ったところに、ソレルフィールドという小さな村がある。その村はずれに、いつから住み着いたのかはわからぬが、吸血鬼が巣食っておってな。今回の事件はそやつの仕業に違いない!」
スティーブが口を挟んできて、そう断言した。
いやしかし、吸血鬼がわざわざ王都まで犠牲者を連れて行く理由がわからない。死体を隠滅する方法なら、それこそ吸血鬼にとってみればいくらでもあるはずだしな。
レニーも僕と同じことを考えたようで、スティーブに直接疑問をぶつけた。
「そんなこと知るか! 相手は吸血鬼だぞ。何を考えているかなどわかるものか!」
「でも、これまでそいつの周辺で吸血被害が出ていたわけじゃないんだよね?」
レニーの問いに、スティーブは一瞬怯みながらも、虚勢を張って答える。
「お、表沙汰になっていなかっただけに決まっているだろう! 通りかかった旅人の血を吸って死体を消し去ってしまえば、何が起きたか村の人間たちにもわかるまい!」
「けど、だったら何で今回はこんな真似を?」
「こ、これまでにも同様のことを繰り返していたが発覚しなかっただけだ! そうに決まっている!」
「いや、わざわざ王都まで行かなくっても、例えばヒースリー山地に棄ててくれば、魔物がきれいに片付けてくれるでしょ」
「だから、吸血鬼の考えなどわかるわけがないと言っているだろうが!」
レニーとスティーブの口論がひとしきり続いたところで、ケビンが口を挟んだ。
「仮に今回の事件と無関係だとしても、吸血鬼を野放しにしておくべきではないだろう。伯爵家が討伐を行うのならば、衛兵隊としても協力するにやぶさかではない」
「なるほど。で、僕たちにも協力しろと?」
僕が尋ねると、ケビンは首を振った。
「スティーブ殿が、ちょうど今この町に強力な魔道士が滞在しているから、などと仰るものでついて来たが、こんな小娘だとは思わなかった。痩せても枯れても王都衛兵隊、お前たちごときに助力を請うほど落ちぶれてはおらぬ」
「そ、そんな! タイラー子爵!」
スティーブが困惑の表情でケビンを見る。
うん、何となく状況がわかってきたぞ。
地方の貴族にとって、王都で役職に就くことは、箔付けの面でも実入りの面でも、非常に大きな意味がある。
伯爵家嫡子のスティーブが子爵のケビンに対し下手に出ているのも、役職なしの伯爵と役職ありの子爵を比べたら同格かむしろ後者の方が格上、とされているからだ。
もちろん、衛兵隊の俸給などさほどの額ではないが、人脈を広げるという意味では大いに役立つし、もっと実入りの大きい役職にありつくための足掛かりにもなる。
そのような事情があって、スティーブとしては、王都から衛兵隊がやって来たのをこれ幸い、何とかして売り込みを掛けたいということなのだろう。
ケビンとしても、先ほど口にしたように、吸血鬼討伐への協力はやぶさかではないし、強力な助っ人がいるというのなら心強い、と思ってついて来たのだろうが。
そこにいたのはなんと王太子――もとい、元王太子だったというわけだ。
彼は本来、むやみに他人を見下すような性格ではないので、レニーの協力を拒んだのは、おそらく僕を巻き込まないための配慮だろう。
しかし――。
「たしかにあたしたちは駆け出しだし、吸血鬼がいかに危険な相手かも承知しているけどさ。こう見えても魔力には自信があるんだ。あたしたちが協力することで、衛兵さんたちの犠牲を減らせる……失礼、犠牲が出る確率を下げられるんなら、協力は惜しまないよ」
レニーがそんなことを言い出し、ケビンは困ったように僕の方を見る。こらこら、怪しまれるだろ。
「レニーの言うとおりです。微力ですが協力させてください」
僕がそう言うと、ケビンは溜息を吐き、
「……わかった。あくまで補助として、お前たちにも協力してもらうとしよう」
それを聞いてスティーブもほっとしたようだった。
ずっと黙ったままだったベルナーさんが、深々と頭を下げて言った。
「すまない、旅のお方。娘の仇討ちにご協力いただけること、心より感謝する」
隣のグラハムさんは、ベルナーさんの様子を痛ましげに見ていたが、彼も僕たちに頭を下げ、礼を言った。
僕たちはまだ朝食の途中なので、ということで、四人は引き上げて行ったが、しばらくしてケビンが一人で戻って来た。
「殿下! 何故こんなところにおられるのです!?」
「馬鹿、声が大きい!」
僕が窘めると、ケビンは慌てて口を噤んだ。
レニーが気を利かせて遮音魔法を唱えてくれる。
僕はかいつまんで事情を説明した。
「な、なるほど。そんなご事情が。しかし、王宮を出奔なさるとは、随分と思い切られましたな」
はは、元々窮屈に思っていたしね。
「あなたが噂に名高い『天魔の再来』ですか。先ほどは失礼しました」
ケビンがレニーに謝罪する。
「いえいえ、お気になさらずに。マグを巻き込みたくないと思ったんでしょう?」
レニーが笑ってそう答えると、ケビンは「マグ」という呼び方に眉をひそめつつも、その通りですと頷いた。
まあそれはよいのだが――。
「そういえばタイラー子爵家は、義母上の実家ボルト伯爵家と縁が深かったよな? 領内の灌漑事業にも援助を受けているんじゃなかったっけか。どうする? 僕を売るかい?」
僕の言葉を聞いて、レニーが緊張の表情でケビンを凝視する。
彼はふっと笑って、
「殿下のお人柄はよく存じておりますので。いかに縁と恩があろうとも、ボルト伯のようなお人に殿下を売り渡すほど、私の性根は腐っておりません」
そうきっぱり言い切った。
うん、まあそう言ってくれるだろうとは思っていたのだけれど。やっぱりありがたいな。
「ありがとう。感謝するよ」
「いえいえ、とんでもない。ただ、私のところにも、ボルト伯から殿下の行方に関して情報があれば報告するようお達しがありましたので、ご用心なさった方がよろしいかと」
そうか。やはり表立てずに僕の行方を探っているのか。
でも、逆に言えば僕の足取りを掴めてはいないということの裏返しと思っていいだろう。
もちろん油断は禁物だが。
「で、本当に吸血鬼の仕業だと思っているのかい?」
僕が尋ねると、ケビンは笑って首を振った。
「いえいえ。おそらく無関係でしょう。我々としては、最近暗躍していると噂される人身売買組織との関連を疑っているところです。ただ、やはり吸血鬼を野放しにはできませんし、何か手掛かりが見つかれば儲けもの、というところでして」
なるほどね。
まあ、ケビンは今回部下を十人ほど連れて来ているということで、近衛騎士団のような花形ではないものの、王都の治安を一手に担う衛兵隊の実力は相当なものだ。
伯爵家の手勢がどの程度のものかはわからないが、そちらを計算に入れずとも、吸血鬼の一体や二体に不覚を取ることはないだろう。
「殿下とレニー殿には、あくまで補助をお願いします。くれぐれもお気をつけて」
そんなに気を使ってくれなくてもいいのだけれど……、彼の立場からすれば仕方ないか。
僕たちは朝食を終え、ファルナの城門のところで、伯爵家の手勢および王都衛兵隊、そして冒険者有志からなる吸血鬼討伐隊と合流し、ソレルフィールドの村へと向かった。